12月5日は、おじいちゃんの命日だった。
あれからもう20年ぐらいたっただろうか。
私にとっては初めての「身近な人の死」で
忘れられない日だ。
私の高校時代
同居のおじーちゃんは、私の友達からの電話を取りつぐ時
友達→「ふーちゃんいますか?」
おじーちゃん→「ふーちゃんなら一人いるけど~」
友達→「????」
という具合に
いつも「わけわかんない事」をいうのが、たまらなく嫌でその頃から
おじーちゃんとあまり話をしなくなった私。
さよならの12月5日
その日は、最近ずっと寝込んでいるおじーちゃんのまわりを
近所の親戚がとりかこんでいた。
私は、出社のしたく。「親戚集合の意味」にまったく気がつかず。
前の晩、弱ったおじーちゃんが心配なのと、
ずっと、そっけなくしていた自分に反省したのとで、
私は「おじーちゃん、喜ばせよう計画」をたてていた。
ボーナスからおこづかいをあげよう!!
小さい頃、自転車を買ってもらったお礼という事で・・!!
ささやかながらも、ピン札を少し、おじーちゃんに残しておき
「今日渡そう。」と思っていたが、朝はあわただしいので
「今日帰ってから渡そう。」と、決めて家をでた。
そして、仕事中、叔父から電話がかかってきた。
「危篤」
私は愕然とした。もう20歳、大人ともいえる年齢なんだから
親戚が集まっているのを見たら、ピンときてもいいのに
これっぽっちも、考えつかなかった。
おじいちゃんが死んじゃうなんて。
結局、最期には間に合わなかった。
「喜ばせよう計画」も実行できなかった。
思い出すと、今でもずきんと胸がいたくなる命日。
合掌。
あれからもう20年ぐらいたっただろうか。
私にとっては初めての「身近な人の死」で
忘れられない日だ。
私の高校時代
同居のおじーちゃんは、私の友達からの電話を取りつぐ時
友達→「ふーちゃんいますか?」
おじーちゃん→「ふーちゃんなら一人いるけど~」
友達→「????」
という具合に
いつも「わけわかんない事」をいうのが、たまらなく嫌でその頃から
おじーちゃんとあまり話をしなくなった私。
さよならの12月5日
その日は、最近ずっと寝込んでいるおじーちゃんのまわりを
近所の親戚がとりかこんでいた。
私は、出社のしたく。「親戚集合の意味」にまったく気がつかず。
前の晩、弱ったおじーちゃんが心配なのと、
ずっと、そっけなくしていた自分に反省したのとで、
私は「おじーちゃん、喜ばせよう計画」をたてていた。
ボーナスからおこづかいをあげよう!!
小さい頃、自転車を買ってもらったお礼という事で・・!!
ささやかながらも、ピン札を少し、おじーちゃんに残しておき
「今日渡そう。」と思っていたが、朝はあわただしいので
「今日帰ってから渡そう。」と、決めて家をでた。
そして、仕事中、叔父から電話がかかってきた。
「危篤」
私は愕然とした。もう20歳、大人ともいえる年齢なんだから
親戚が集まっているのを見たら、ピンときてもいいのに
これっぽっちも、考えつかなかった。
おじいちゃんが死んじゃうなんて。
結局、最期には間に合わなかった。
「喜ばせよう計画」も実行できなかった。
思い出すと、今でもずきんと胸がいたくなる命日。
合掌。