4月第2週目の週末。新しい年度が始まり、大なり小なりの変化に馴染み出す頃だろうか。そんな4月に私が連載として投稿したいと思うのが

青の世界にどっぷり染まったモンスターサルーン3台だ。恣意的に青いクルマに乗ろうと考えていたわけではないし、ましてどれも1000万円を超える高級車だから色を揃えることの方が難しい。でも、考えてみたら今回乗った3台はどれもテーマカラーが青だった。この色からもこんなクルマたちのキャラクターを紐解くヒントが隠されていると思う。


私の言葉で言うならば、モンスターサルーンというのは流麗なスーツに身を包みながらもその中に筋骨隆々の肉体を隠し持つ、いまどき珍しい少し古風な紳士だ。全世界的なSUVブームやビジネスファッションのカジュアル化に目もくれず、仕事の時はタイをきちんと締める。そしてその流麗なスーツのシルエットから逆三角形のたくましい肉体の姿が裸以上にセクシーに感じられるといったところだろうか。アウトドア用の衣服やクルマに良さがあることは認めるが、手にすることができるなら欲しいと思う方はクルマが好きならきっといるのではないだろうか。


その共感をどれだけ得られるかを知りたくてスタートするこの連載。初回はこのクルマ以外にあり得ないだろう。

そう。モンスターサルーンの元祖とも言うべき存在であるBMW M5だ。よくこのクルマがこの手のモンスターサルーンの元祖と言われるのは、初代M5の成り立ちに理由があるからだと思う。商業的には短命に終わったスーパーカー M1に搭載された直6エンジンを、エレガントなボディにぶちこんでしまうという暴力性。このモンスターサルーンを名乗る上での重要なポイントを最初にやってのけたクルマがM5と言えるからだ。

もちろん、流麗なサルーンにハイパワーなエンジンを載せるという手法自体はその前だって行われていたことだ。けれど、M5がぶちこんだのはスーパーカーのエンジン。現在のようにライフスタイルやクルマの選択肢が豊富ではなかった時代ではきっと画期的なことだったと想像する。


そんなセンセーショナルなデビューから30年以上経過し、最新世代のM5が搭載するのは4.4L V8ツインターボ。個人的には先々代 M5(E60)の8000rpmまで回る超高回転型の5L V10 NAが今でも恋しい存在なのだが、CO2排出量を削減しながらパワーは約100PSアップの600PS。高性能版の”Competition”を選べばさらに25PSを上乗せすることだって可能だ。

そんな日々の筋力トレーニングを怠らずに勝ち取った圧倒的なパワー。これをただ路面に叩きつけるだけのクルマがM5ではない。これを一流のアスリートのように頭脳と経験と感覚の全てを動員してドライバーの望みを叶えることができるのがこのクルマのスゴさだ。そして、このM5はそのメカニズムと頭脳に大きな変革があったことが特徴でもある。


1つ目はトランスミッション。これまではE60のシングルクラッチ先代(F10)のDCTM5オーナーでもめったに踏み入れることはないであろうサーキットでの走りに焦点を当てた選択だったが、今回から8速トルコンATに置き換わった。私は変速スピードが速いならむしろトルコンATを好むから、この変化をネガティブには受け止めていない。


それ以上に大きな変革が駆動方式。以前紹介したX5 MのようなSUV...(BMWSAVって言うんだった、めんどくさい)のMモデル以外では初のAWDとなったのだ。最大のライバルのひとつであるメルセデス Eクラスは、M5の直接のライバルとなる63だけではなくそれよりパワーが控えめな53までもAWDにしている。

ただ、不思議なものでメルセデスではあまり気にしなかった変化がBMWではどうしても気になってしまう。というのも、BMWブランドの価値の一丁目一番地はハンドリングにあると思うからだ。たしかに、モンスターサルーンの定義としてハイパワーエンジンをぶちこむというコンセプトは大切だ。けれど、歴代のMモデルはそれ以上にハンドリングの切れ味ということに執拗にこだわっていたと思う。だから、E60で初採用されたアクティブステアリングやランフラットタイヤをM5では使わなかったし、そのレシピは今でも受け継がれている。


そんな不安を抱えながらも、先代からさらに上がったパワーに期待を膨らませてエンジンをかける。目に飛び込んでくるコックピット周りの風景は、Mモデル専用のスイッチが追加されたことで控えめなBMWらしいインテリアの仕立ての中に男の子が大好きなガジェット感がプラスされている。そんな秘密のボタンに気を良くしながらも、実際に走り出すと想像とのギャップが見えてくる。

走り出すと、今回から採用されたトルコンATのおかげでM5であるということが信じられないほどスムーズ。しかも、そこからガツンと踏んで加速をお見舞いしてもその滑らかさが損なわれない。先代だとドライビングモード次第では4ドアサルーンとしては信じられないぐらいの変速ショックをお見舞いされたこともあったが、今度はその容姿に似合わないマナーに悩まされることはなさそうだ。さらに、私のように走行中にモード切替をしたい人間にとってはシフトノブに変速スピードを変化させられるスイッチを備えつけていることが嬉しい。

そんなスムーズなミッションのせいで気がつきにくいけれど、ここぞという時の加速Gは圧倒的。しかも、そんな0-100km/h 3.4秒というスーパーカー並の加速力を2t級のボディで実現しているというのが驚きだ。気になることがあるとしたら、先代に比べて耳で感じられる愉しさが減ったこと。M3M4, i8ではスピーカーから音を出して補おうと頑張っていたが、このクルマのキャラクターでは不要と考えたのだろうか。


そう思うと気になるのが脚まわりのセッティング。この直前に以前紹介したM6 Gran Coupeに乗っていたのだけれど、さらに脚を硬めたCompetition packageだったM6に比べてもM5の脚は遜色ないくらいの硬さだった。走行距離の差やボディ剛性の差もあるだろうが、CompetitionではないM5ならもう少ししなやかでもという気がしないでもない。

最後に肝心なAWD化による影響だが、本格的にハンドリングをテストできたわけではないのでそこについての言及は機会を改めることにする。ただ、毎度思うのはBMWMM Sportでさえもステアリングのグリップをムダに太くしたがること。私のように手が小さいとそれがあまりスポーティーに感じられないのである。


と、重箱の隅をつつけば元祖も欠点がないわけでない。でも、そのキャラクターは依然として孤高の存在だと言えるし時代に合わせながらも個性は全く損なわれていない。そんなM5ははたから見ると華やかな存在に見えることだろう。でも、よく考えてみるとちょっと悲しい。だって、どう頑張ってもスーパーカーのような圧倒的な速さも手に入れられないし、そうやってパワーアップを果たせばサルーンの本来の目的である快適性はどうしたってある程度犠牲になることを覚悟しなければならない。


そこまでしてM5というクルマをつくろうとするのはなぜだろう。そんな時にこの曲が頭をかすめた。


Lady Gaga 4枚目のアルバム”ARTPOP”からの”SWINE”という曲だ。気になった方はiTunes storeにある2013年のiTunes Festivalのビデオを見てほしい。このライブはアルバムが発売となる2ヶ月前、しかもGagaが骨盤関節損傷から復活して初めて公に披露されたライブというタイミングだった。


ライブ自体は1時間と短めではあるけれど、先行リリースされた”Applause”以外は全て初披露。曲の前後でのMCでは曲に込められたメッセージがあって、little monster必見の内容だと言える。とりわけこの曲の紹介には力が入っていて、それまで盛り上がっていた会場のテンションを鎮めるように突然過去の苦しい時代のことを語り出す。そのフレーズのひとつひとつを、熱狂的なlittle monsterである私は自分の境遇と重ねていた。そしてそのメッセージが語り終わり、いよいよ曲が始まる瞬間に気がつくのだ。”SWINE”だと言っている相手が、過去の自分とその自分を痛めつけてきた人だということに。


それに気がついた瞬間、その醜い”SWINE”を演じるGaga。その姿を打ち破るように鳴り響く爆音。会場が破裂しそうになるほど高まるテンション。こんなに踊りたくなるような楽しい曲に、深いメッセージが込められているというギャップがたまらない。その印象を強くするのが、間奏の間に無心で叩き続けるGagaのドラム。それは、過去の自分を苦しめた2人を成敗する除霊師のような神々しさがある。

私がM5に惹かれるのは、髪を振り乱して”SWINE”を歌うGagaを重ねてしまうからなのだろう。どれだけ自分が認められても、過去の自分を少しでも越えようともがき続ける姿に。だからどんなに自動車が変わろうとも、BMW M5は私たちクルマ好きにとっての悪霊を追い払う”SWINE”であり続けるに違いない。