7/16、上半期審査がありました。

えっ、もしかして、この間まで赤ちゃん
だったこの方々も参加!?
保育園年中・5歳。
今村有紀子さま(笑)
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さてさて、審査はね
なんですかね、試合とは違う独特の
緊張感がありまして、
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いつもなら間違えない子が
間違えたり、
逆にいつもより良かった子もいて
色々でした。
でもみんな1級以上進級していて

頑張ったねチュー
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結果オーライ(笑)
がんばりました。

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南雲師範から来週の審査の
説明を受ける
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おチビさん達には
扇風機人気(笑)
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白帯も頑張ってます
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長島師範指導、人を乗せての
体幹と下半身の強化
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金森夏美先輩
(弐段・慶応義塾大学空手道部
2004年世界大会・10歳女子組手の部
優勝

2006年世界大会
12歳女子
形の部準優勝・組手の部第3位)

が来ております。

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こうみると、美咲も
大きくなりましたね(笑)
最近、親や学校の先生に
敬語を使えない子供が増えていると
聞きます。

かくいう私も、中高は仲良しの先生とか
タメ口でした
(先生方ごめんなさい😅)

しかし、南雲師範は非常に厳しかった。

1998年当時、高校生は
PHSを持つことがステータスとされ
我が家も月の利用額をきめて
持たせてもらってましたが
もっぱら、帰宅後仲良しの先生に
電話することが多く
切る際に
「じゃあまたあしたねー!」
とかタメ口を使っていると

「今の相手は先生だろう?
ならば、切る時は、失礼しましたとか
おやすみなさいとか
きちんと敬語を使いなさい💢」

とよく叱られました。

そんな南雲師範、
実は私が生まれる前から
「娘が授かったらパパと呼ばせよう」
と、決めていたようで
私は両親が結婚7年目に授かった
「女の子」であり、必然的に
「パパ」「ママ」と呼んでいました。

しかし、小学校に入ると先生から
「もう小学生なんだから、
お父さん、お母さんと呼びなさい」
と、学校でも指導が入るようになり
一度だけ南雲師範を
「お父さん」と呼んだことがありました。

すると南雲師範は、ビックリして
「誰にそう呼べと言われたんだ?」
と言い、学校での出来事を話すと
担任に電話をして
「家庭での父母の呼び方は家庭で
教えます。自分はパパと呼ばれたくて
授かった子なんです」
と、説明するほどでした。

人生の分岐点はこの35年間で多々
ありましたが、
一番大きかったのは11歳で錬士堂に
入門したことです。

その時点で、親子から師弟関係になり
父は当時四段、私は無級の白帯。
立場は、まさに天と地。
(現在、南雲師範は六段、私は参段)

必然的に家庭でも空手の話しになれば
南雲師範の言うことは
「絶対」でした。

今も空手の話では、私は敬語を
使います。
家庭でも空手の話になれば
南雲師範は「父」ではなく
「師匠」だからです。

ただ私は元々父親っ子で、
お風呂も、寝かしつけも
全て父親がしていたので、
「南雲師範」と呼ぶのが照れくさく
家庭で空手の話は極力避けました。

でも、級が上がり、試合でも
メダルを取るようになると、
周囲の目は
「あの、南雲師範の娘だもんね、
勝てて当たり前だよね」という
厳しいものでした。
これは、「先生の子供あるある」です。

勝って当たり前。
負けたら「南雲師範の娘なのに?」
と言われる日々。

だから私には親に対する
「反抗期」は無かったのです。
そのため、中学校生活は
とても人様に話せるようなものでは
ありませんでしたが😅

ずっと準優勝、三位が続き、
敢闘賞しか持ってこられないこともあった
当時は、「中高一般女子の部」
という、中学生から大人まで一緒の
鬼トーナメントが当たり前でした。

優勝が遠く、今まで避けていた
自宅での練習を始めたのは
高校生になってからでした。

南雲師範は、私が高校生になるまで
一度たりとも家庭での指導は
しなかったのです。

しかし、明らかに不利なトーナメント、
怪我も続き、何度松葉杖で
高校に登校したか分かりません。
友達や先輩が荷物を持って下さり
教室まで行くこともしばしばでした。

怪我をするくらいなら、やめて欲しい
という母。
多分同じ気持ちだけど、
立場上言えなかった南雲師範は、
「当時は稽古を付けることくらいしか
できなかった」
と、引退後に言っていましたが、
土日はほぼ二人で自宅駐車場で練習。
結果はすぐにでて、高2で、
その、中高一般女子の組手の部で
大人の選手を次々下し、
優勝したのです。

その時、南雲師範は違うコートで
審判をしていました。
私の優勝は、だれか他の師範が
伝えたのでしょう。
南雲師範は審判を終えてすぐに
まだ実感の湧いてなかった
私のところへ来て
「おめでとう、優勝。」と一言。

私は色々南雲師範に感謝の言葉を
言いたかったのだけれども
結局言葉にできたのが
「ありがとうございました」
でした。

でも、この
「ありがとうございました」
という言葉は、全世界言語が違っても
どこにでもある「感謝」の言葉です。
  
そう、親を尊敬する魔法の言葉は
「ありがとう」なのです。

温かいご飯が当たり前に食べれている事
空手着当たり前に洗ってもらっている事

全部、全く「当たり前」では
ないのです。
お父さんお母さんが
一生懸命、どんな形であっても
働いたりお家のことをしてくれて
子供達は道場に来れています。

だから私は入賞した選手にまず
「ご両親にありがとうございましたと
言いなさい」と
言い続けてきました。

勝って当たり前、
賞状もらって当たり前
なんて当たり前のことじゃないのです。

もし、お父さん、お母さん、お家の方に
「ありがとうございました」
を、言えなかったら、
それは叱るターニングポイントです。

負けたから怒る、叱る、これは
出来れば保護者様には避けて欲しい。
一生懸命やった結果で、
トーナメントの運もあります。

でも、入賞して何も言わなかったら
「ありがとうは?」と催促して下さい。
それこそ「当たり前の言葉」
なのです。

今年は合宿がないので、
山田師範など、古くからの
錬士堂を知る師範の大切なお話を
聞く機会が減少すると思います。

なので、また千聡先生が
時々コラムを書きますね💖
GWですね。
今日は錬士堂もお休みでした。

(この記事を読んで心配だったり、何かあったら、千聡先生までご連絡下さい)

さて最近、
「黒帯と組手をやるのが怖いから
道場に来たくない」
とか、名指しで
「美咲先輩、舜一郎先輩にやられるから
道場に来たくない
という声を耳にしますが

もちろん保護者様も
一方的に「うちの子は被害者だ」
などど、言うような方は錬士堂には
いらっしゃいません。
ただ、「怖い」と。
自分の子供達がどうやっても
「怖い」とそう思ってる方に
読んで頂けたらと思います。


まず、黒帯は必ず
「加減と節度」を持って
組手の相手をしています。
弱いものいじめをしているわけでは
ありません。

美咲が怖い、舜一郎が怖い
そういう選手に教えたいのは

美咲だって6歳の頃は
怖かったんです。
デビュー戦は決勝で負けて
大泣きをされましたが
美咲が都大会レベルで泣いたのは
それが、最初で最後でした。

舜一郎だって、今回の都大会で
組手優勝するまで
どれだけ、怖い思いをして
大聖や松永や惠斗と
組手をやってきたか、
考えて見て下さい。

美咲は、家も遠く、
8歳から夜の稽古に来始めましたが
夜の稽古がある日は
結局帰宅して寝るのは
23時を越えていたそうです。

8歳児が23時まで起きて頑張っていた
そりゃ、美咲は結果にも繋がるでしょう。

真梨子もそうです。
真梨子は、上に美咲、杏、そして玲
がいて、いつもやられてた。
でも一度も弱音を吐いたことは
ありません。

それから美咲も舜一郎も真梨子も
稽古を頻繁に休んだりしてますか?

私は逆にこの三人が休むと
「具合悪いのかな?」
とか、思ってしまうくらい
学校行事や、法定伝染病の時以外
休んだのをほぼ見たことがないです。

もう一例だすと、悠太。
「先生の子供だから勝って当たり前」
と、私もそうですが
「親が先生」というある意味
悪いハンデがある中で、
小柄な身体で、美咲と向かい合い
ハンデ戦とはいえ、合宿の錬士堂杯で
美咲に勝ったこともあります。


美咲、舜一郎が
今の錬士堂をひっぱってくれて
真梨子が小さい子を私と育ててくれて

その上には晶香・幸香・玲・松永・
惠斗・大聖・祥太朗など
今は少しご無沙汰な先輩もいますが
結果を残し真面目に稽古をして来たり
試合の時に必ず選手の側に
いてくれたりする先輩たちがおり、

良い先輩後輩関係が
できていると思います。

美咲だって、玲に手も足も出ず
怖い思いをして来たんです。

舜一郎だって、大聖や惠斗に
どれだけ頑張って怖さを封印して
向かって行ったことか。

今、先輩を怖いと思って
道場に来たくないと思う選手は
かわいそうだけど、そこで
「選手」としては終わりです。
勝つのは難しいです。
でも大丈夫。
錬士堂メゾットがあります。
まずはどれもこれも、実力より
メンタルです。

メンタルで負けたら、
稽古の意味から
考え直した方が良いです。

私がよく先輩から言われた言葉ですが

「努力したからといって
必ず成功するとは限らない。
でも、成功した人は必ず努力している」

ということです。
その「努力」の前で
「怖い、やりたくない」
というのは「メンタル鍛える」しか
方法が無い。
メンタル鍛えるにはもう
「自分に勝つ」しかないんです。

自分に勝てないな、と思った時は
思い切って休みましょう。
もちろん、試合前とか
毎回毎回休んでいたらダメだけど
どんな小さな選手にも
プライドがあります。

ただやらせればいいってものでもないし、 
 錬士堂に行くまでにメンタルが
安定しないのに、無理矢理連れてって
結局怖くて泣いて途中離脱してしまうと
選手の持っている「プライド」に
傷がつきます。

練習するのも稽古、食べることも稽古
休むことも稽古
静寂を求めることも稽古
です。

最後の「静寂を求める」は、
周りからギャーギャー言われない
環境を自ら作り稽古すること。
例えば、自分の部屋とか
夜の公園で足袋はいて
形をうつとか(私はもっぱらこれ)

錬士堂では、弱い者に対して、
強い者が何かを指導する時は、
「安全・加減・節度」をもって、また
「後輩が勝ちますように!」
と思って相手や、指導を
しておりますので、
安心して稽古にきて、ほしいと思います。