覚えている一番古い記憶は、狭くて暖かなふわふわとした中に、もう1人誰かと寄り添っていたことだ。小さく速い鼓動は我々のもので、大きく打つ鼓動はこの場所のもの。始終川の流れるような音がした。果たして、もう1人のここの住人は眠っているのだろうか。時折、身体を動かしてみる。ぶつかっても特に反応のないところからして、眠っているようだった。

 

「このままだと、2人とも危ないですね。母体すら保証は出来ません」

 

 外から声がした。ざらついた無表情な声だった。ゆっくりだった鼓動が少し早くなる。

 

「安静にしていてもでしょうか?」力強いが少々しわがれた声が尋ねる。

「そうですね。もともと、お嬢さんは心臓が強くない上に貧血が酷い。このまま出血が続くようなら子供を諦めないと危険です。もし、無事に臨月まで育ったとしても双子の出産に母体が耐えられるかどうか」

 

 よく話し合ってくださいと、ざらついた声は遠ざかって行った。

 

「私、堕ろす」ためらいなく言い放たれた言葉は、我々の居る場所の壁を伝わって響いた。

「堕ろして、あの人と別れる」

「そんなこと、前の旦那の時もそう言って別れたじゃないか。何回もしてたら身体に悪いよ」

「だって、結婚前とは人が変わったみたいで、あんな人とずっと一緒だなんて嫌」

 

 嫌な臭いが立ち込めて来て私はもがいた。もう1人は未だにじっとしている。もしかして、生きてあひないのか?いや、触れている部分には温もりがある。生きているはずだ。

 

「何度もそんなことを言って離婚をしてたら、世間体が悪いよ。もう少し辛抱しなさい」

「どうせ、出血が止まらなかったらこの双子は死ぬんでしょ?あの人の子じゃないんだし。やっぱり生まれるべきじゃなかったのよ」

「声が大きい!」

「個室なんだから誰も聞いてないわよ」

 

 会話のこの辺りで、自分の状況が把握出来た。

 そうだ、ここは子宮の中で自分は今胎児なのだ、と。やっと人の形になった身体に入って来たばかりだった。隣に居る胎児にはまだ誰も入っていないのかも知れない。外では我々には不利な結論が出そう堂々巡りの会話が続いていた。ため息をつきたくても、まだそれも出来ない。自由に動かせない身体に閉じ込められて運を天に任せるしかなかった。

  産みたくないと言っている母親の元に出てみたところで、楽しいスタートが切れるとも思えない。楽しもうと思って来た訳ではないが、未熟な時くらいは助けてもらいたいではないか。

  親子としてこの世で会おうと天上で約束した時とはえらい違いだ。地上とはこうも『人』を変えてしまうものなのだ。改めて肉体を持つことの恐ろしさを知った。