~八丈島 名所・旧跡ご紹介~ 「近藤富蔵墓碑」 | 八丈島観光協会blog

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三角形をした島産の自然石が富蔵の墓で、大きいのが顕彰碑である。元は、むつみ保育園近くの墓地に墓、碑ともにあったが、現在地に移されたものである。近藤富蔵は、旗本近藤重蔵の長男で、目黒にあった父の屋敷の利権問題から隣人7人を家来と一緒になって切り殺し、文政十(1827)年八丈島に流罪になった。明治13(1880)年に赦免され、一旦上京。若い頃いた大阪、父の墓のある近江、南紀などを回って東海道を通り東京に帰った。再度八丈島に渡り、明治20(1887)83才で没した。在島60年の間に、『八丈実記』69巻を著したのをはじめ、旧家の系図整理、仏橡の彫刻・修復、為朝の凧絵、石垣構築等を行い、また、三根小学校の前身・川平夕学館を創設し、末吉小学校の前身末吉夕學黌(せきがっこう)にも関与した。顕彰碑は大正12(1923)年旧各村の浄財で建てられた。
なお富蔵の右隣にある小さな墓は、富蔵の「水汲み女」であった逸の墓であるが、「近藤富蔵長女操ノ母恵津」となっているので、長女の操が建てたものと思われる。



近藤富蔵墓碑

〒100-1511  東京都八丈島八丈町三根
バス停[藤巻商店前]バス停より徒歩3分(開善院善光寺境内)