高校一年の夏に、出席に数も無くなるころ、景子は「学校をやめる。」と、ハッキリそう言い切りました。

不登校の原因は?と、何度も尋ねられたし、私も景子に何度も尋ねました。

 

答えは、いつも 「わからない。」この簡単な見えない5つの文字の、正体が知りたい。

 

私は、学校に相談に行きました。

先生方は、「いじめや、学校には問題はなかったのでしょうか」と、何度も確認しました。

 

「何も無かった。」と、答えると安心していました。数か所、次の高校を紹介され、あっけなく終了です。

学校側は、不登校の原因が学校になかったかだけを知りたかったのだと思います。

 

景子は、露骨に父親を拒絶するようになり、夫は苛立ちながらも、なすすべを失っているように私には見えました。

私は、明らかに変わり、覚悟を決めました。

 

「15年かけて、苦しい娘が完成したのなら、15年かけて幸せな娘になるように、また一から始める。」と不幸せに、させる訳にはいきません。

絶対に。

 

娘は、「学校には、行かない。」と、退学しました。学校側には、自主退学の手続きをとるように、すすめられガッカリしました。

編入せずに中途退学したので、半年間のブランクができ、とりの残された現実を突き付けられ取り返しのない事をした実感が、襲っているように私には見えました。

 

私は冷静でした。