も、わたしにとってもそれは、悲しい正解でした。
学んだことで、私は娘を硝子細工のように、扱うことが増えてきました。
医療の世界では、「死にたい」と、緊急非難的に病院へ駆け込んでくることが多いので、波風を立てないように対処するのは、最初の一手の対応としては正解です。
しかし、これは応急処置に過ぎません。
景子も、もちろんこの時期だったと私は思っています。
娘を理解しようとして学ぶほど、恐る恐る接することが増えてくる私。
夫は、苛立ちを感じ、景子は、父親への不満を容赦なくぶつけるようになりました。
「私なんか、死ねばいいんでしょう。」「勝手にしろ」激しい口論の末、真夜中に家を飛び出す景子。
私は、真夜中に、何時間も彼女の背中を追って歩きました。
”この子が、このまま車にでも飛び出したら…その時は私も”そんな覚悟を決めていました。
でも、景子はそんな私に気づき、隠れました。
その姿を見た時に、「ああ、嫌なんだ。」と、悟りました。
嫌な事は、したくない!その想いで、私は家に戻りました。
このまま、帰って来ないかもしれない。事
故に合うかもしれない。
若い女の子が危ない…色んな想像をしながらでも、嫌がることはしたくないが、最優先になりました。
自宅に帰り、鍵もかけず1階のリビングで布団にくるまりながら、娘の帰りを待ちました。
結局、帰らず連絡もなく、3時間後には、仕事へ向かいました。
冷静な心に、切なさと冷たさが、じわじわと広がりました。