それでも、景子はまだまだ、落ち込んでいて信頼していないまま、病院には通っていました。

景子が楽になる方法は、誰も教えてくれませんでしたが、受診して、私が一つだけ、免れた事があります。

 

それは、「お母さんに、問題があったんじゃないんですか。」と、言われなかったことです。

自分では真っ先に!「私が、いけなかった。」そう考えましたが、なぜか誰一人も、私にその言葉を言った人は、いませんでした。

 

なぜだろう?

専門知識があるから防衛的に説明の仕方が、そうならないようにしていたのかも知れません。

娘が、父親に嫌悪感をいだいている発言が、多かったからかもしれません。

 

「私が忙し過ぎたのが、いけなかった。」と、自分で反省していたからなのかも知れません。

娘と仲良さそうに見えたからなのかも知れません。理由は、わかりません。  

 

ただ、「お母さんに、問題があったんじゃないんですか。」この一言で、大きく傷ついてる母親が、たくさんいます。

親は、そんな事言われなくても、何十回も何百回も、自分に投げかけている言葉です。

どうか過ちを指摘する時は、繊細な心使いを忘れないで下さい。

 

でも、私も同じかもしれません。

夫のせいかも?と、心の奥くで、ずっと疑っていました。

 

言葉にこそ、しなかったけれど、態度や気配に大いに出ていたのだと思います。

夫も、心の中で、何回も何十回も何百回も、自分に投げかけている言葉だったのかもしれないのにと、今は、そう思えてきます。

 

私って…ガッカリするほど何も気づいてなかったのです。

 

いいえ、自分の気持ちに気づいてたから言わなかったのです。

それが優しさで、気づかいだと思っていましたが、この態度は、失礼極まりないものでした。

 

私は、夫を言っても伝わらない変わらないと判断していたのです。

理不尽な言葉を景子に浴びせることもありました。

 

それなのに、無駄、穏便に済ませるために、何も言いませんでした。

それが家庭内の平和を保つ方法だと、考えていました。

 

この事に気づくには、随分と年月を要しました。