近頃は、自分の存在について考えています。

 

私が死んでも、実は私はちっとも困らない。

 

困るのは周囲。

特に大切な人たちには、辛い想いをするのだろうと想像する。

 

私の存在していた部分が空いたことで、影響が広がる。

 

それを埋めようとするのだろうか?だとすれば

例えば、子どもたちが私の存在を埋めることのできる人間になればいいの?

 

いや、それは違う。

子どもは子ども。私とは別な存在。

 

では、私の存在が無くなったことにたいして、子どもたちが、これで良かったのだと思えること、楽かもしれない。

 

じゃあ、私にできる事は?

私がどう生きることがいいのだろう?

 

 

先ずは、私が私の存在を大切にすること。

私の大切な人は、少なくも私を尊いと思ってくれているのだろうから。

 

次は、私自身の存在が無くなってしまっても、私が満足だと思えること。

これを、望むのではないだろうか?

 

私が後悔しないこと。

今を楽しんで満足して生きること。

 

コレに尽きるのかもしれない。

 

 

満足するためには、日々になすべきことを淡々となす。

楽しむためには、小さな喜び大きな喜びを見いだす。