人は、立ち直れないほどの傷つき体験をすると、自分に価値を見いだせなくなる。

 

自分に価値がないと思えるから、相手をうやまう。

敬うとは、相手を尊んで礼をつくす。尊敬する。

と、辞書には書かれています。

 

これは、謙虚さとなる。

 

 

謙虚とは、自分を偉いものと思わず、すなおに他に学ぶ気持があること。

と、辞書には書かれています。

でも、他からの学びばかりでいっぱいになると、自分がなくなる。

謙虚を超える、過剰な謙虚。

 

 

 

思い通りにしたいという欲求は、誰にでもあるから、その過剰な謙虚が相手を傲慢にする。

過剰な謙虚が、傲慢な人を生む。

 

 

謙虚とは、素直に他人に学びながら、ありのままの自分でいること。

 

ありのままの自分を、常に意識することから始まる。

私を定義するのは、周囲の大切な人たち。

 

大切な人の、声に耳を傾けその心を映し出す鏡になるように、自分を磨くこと。

鏡は、いつの間にか曇るもの、いつも磨いておかなければ。

 

自分を映す鏡を磨くとは?

自分に常に、「コレでいいのか」と、問い答えを探し続けること。