私は、娘の異変に気付きながらも、仕事に没頭しました。
今、思えば逃げていた部分があったのかも知れません。
そして、「どうにかなる。大したことない。」と、思いたかったのでしょう。
実家は遠く、夫は出張の多い不規則な勤務で、私は逆に一度シフトが決まると、変更できない環境でした。家
を建てた事もあり、6歳10歳13歳15歳の4人を育てながら夜勤もする、過酷な状況でした。
上の子たちに、幼稚園の送り迎えを手伝ってもらいながらの、ギリギリの生活は、朝6時に出勤し21時過ぎに帰宅し買い物に行く時間すら、ありませんでした。
食材の宅配を頼りに、『21時までに帰宅出来たら夕食をつくる』と自分へのルールを作りました。
そうでもしないと、食事を作るのは不可能でした。
それでも、週休二日だったので、平日のお休みの時だけは、唯一休息の時でした。
子どもたちは、驚くほど手伝ってくれました。
子どもは、大人と同じ能力がある事ことをこの時に知りました。
夫は、私に家にいてほしかったのだと思いますが、家のローンが発生したことで、それも言えなくなったのでは、ないでしょうか?
夫婦の溝は、このあたりから表に出始めまたようです。
この時はまだ、景子のことも夫の事も、半信半疑で気づいていないことだらけでした。