数日ぶりに登校できた日に、部屋をのぞくと、朝の陽ざしに照らされた子供部屋は、足の踏み場もなく物があふれ、乱雑な中に抜けた長い髪の毛が床に散乱しています。

 

窓も空けずに淀んだ空気の中、ホコリの間に茶色い血のついたティッシュが、ゴミ箱の横にいくつか転がっていました。

景子のベットサイドには、リストカットに使ったカミソリが無造作に置かれていました。

 

私は、殺人現場を目撃したような取り返しのつかない贖罪の念と、逃げ出したい!

見たくない!衝動に襲われました。

 

涙が、やまない雨のように頬を流れているのに、心の中は台風の目のように空洞で、冷たさが体を内側から凍らせていきます。

シーンという無音と共に、この時、私はやっと事態が見えました。

 

人は、本当に不都合な出来事には蓋をして、見ないふりをしたり、感情を押し殺してしまいます。

この文章を書いている今も、瞼を開けたまま涙が眼球からにじみ出るのを止めることができません。

 

たった今おこった出来事のように一瞬で目の前に、あの時の子ども部屋が見え淀んだ空気の臭いまでしてきます。 

 

それでも、私は誠実に仕事に行き、懸命に家事をこなしていました。

家事は不十分だったと思いますが、誰も私を非難はしませんでした。

 

でも、子どもたちのサポート以外の助けはありませんでした。

少なくとも、私はそう感じていました。

 

そして、こんなに頑張っているのに、世の中に私を労ってくれる人は、誰一人としていない切なさが、私に襲いかかってきていました。

子ども部屋に入るのは恐怖でした。

 

ある時は、取り乱し「汚い汚い」と言いながら、髪の毛を手でかき集めていました。

下水管が破裂したかのように、汚水が胸の奥からこみ上げるような怒りと嫌悪が、溢れだしました。

景子に悪い事をしている思いもありましたが、その事態は避けられないものでした。でも、そんな姿は誰にも見せまいと必死でした。

 

子どもたちが帰ってくると、何もなかったかのように、私は、いつも笑顔でいました。