気持ちを止めないで聞いてくれる人がいる関係性が、死にたい!を、止められる唯一の方法かもしれません。

と、ブログで書いたけれど…

 

実は長女の時には、上手く対応できませんでした。

長女は言葉は、とても不得意なタイプでした。

感情が先に出てしまうタイプ。私も、こちらのタイプ。

だから上手くいくはずがありません。

 

小さい事から物凄く過敏で、寝ない赤ちゃんでした。

生後半年の間に一生分抱っこしたと思うくらい、いつも私の腕の中にいました。

 

 

昨日、一緒に出掛けた時に、ふと!長女が成長した姿が垣間見れ、嬉しくなりました。

私は、長女とも何でも話せる関係を築きたいと、ずっと願ったいまし。

 

だから、私は、思い切ってこれまで言えあなかったことを、話してみようと勇気を出しました。

「あの時は、上手にできなくてごめん。お父さんの事を、かばっていたように思う。」

「ずっと、子どものためにと思って行動してたつもりだったけど、ある時気づいた。」

「お父さんが、子どもたちに嫌われないためもあった事に。」

「もしかすると、ほんの少しそっちが先だったかもしれん。その中に、家族の為も、もちろん入ってたけど。」

 

長女は、「そんなの今さら言われても。」

「女性のしては正しいんやない。」

そんな短い言葉が返ってきました。

 

そう、いつも長女の言葉は短く、この時は感情がこもっていません。

その言葉は、私の胸に深く刺さります。

 

今までだったら、私はこの言葉に「ひどい!」と、思ったでしょう。

 

 

でも、今回は違いました。

この言葉の裏に、とても深く傷ついた長女の悲しみと苦しみを感じました。

生まれた時から不器用な長女が、成長するためにどれだけの失敗と傷つく体験をしたのだろう。

何十回、何百回、その事が感じられて悲しくて悲しくて…耐えられません。

 

もちろん、私を非難する気持ちも感じられます。

 

でも、他に方法がなかったことも、認めてくれているようにも感じます。

ある意味、彼女の優しさの表現でもあります。

コレは、あくまでも私の意見でしかありませんが。

 

 

何もしてあげられなかった。想いと、私を必死で求めていた長女の想いが呼び起こされて

kanasikute kanasikuteたまりません。