母親が、一人の人間として見えてしまった時に、寂しい気持ちにはなったけれど、その後にとても楽になったそうです。

 

つまり、母親が役割を解除したように見えたのでしょう。

確かに、そうかもしれません。

 

その事で、娘も子どもとしての役割を解除できたのだそうです。

『気を使って頑張る子ども』そんな役割だと思っていたのが、なくなった。囚われなくなった。

親の期待にこたえなければ、こうしなければ。が無くなったのだと思います。

 

娘の言葉を借りると、『お互いが人間として立てるようになった。』

万能な母でなくなったことで、いい意味で期待をしなくなった。

 

どうしようもなく辛苦しい暗闇の世界にいる時は、本根を語れないと希望の光はみいだせません。

答えを導き出すことはできません。

 

話を聞いてるれ人という存在になった事で、お互いが全てを承認される関係になり、誰とも戦わない意見のくい違いも生まれない。

つまり、敵がいなくなりました。

 

そして、話を重ねるたびに、信頼が積み重なります。

どちらも、反論がないのですから。

「そうなんだね。私はこう思う。こんな風に感じる。」

「ここは似てるけど、この辺は違うね。ココはどうしてそう思うの?」

 

「私は苦しいからコレは、やめて欲しい。」

「そう言われてもコレをやめると、私は何もかも嫌になる。だからコレは、今は必要。」

 

教科書に書いてるような模範解答は、お互いにしなくなりました。

お互いに仮面を外したような感覚です。

慣れない時は、罪悪感を感じましたが、とても楽です。何より相手の事を疑いなく信じられます。本音だから。

 

意見の食い違いも、ダメ出しも、いらない関係。食い違ってあたりまえの世界。