娘の手をとるようになってから、子どもへの関りは大きく変わりました。

いえ、変わったのは自分との関りです。

 

娘の手を握りながらも、私は自分自身と対話していました。

 

何を自分に語ったのでしょう。

やはり、これも言葉ではないようです。

 

振り返ると気づくことが、次々に現れます。

 

あの時の私は、巫女になったようにこの身を捧げて祈りました。

娘のためと思い込んでいましたが、自分自身の為も同時に存在していたようです。

 

ああ、それにも気づいていません。

 

気づくことの偉大さを、噛みしめる日々です。

 

 

この気づきを、どう生かすか?

どう貢献にかえるか?

 

今は、そればかりを考えています。

 

 

それと同時に、自分の成長と加速をと燃えているものは何か?

ある一定の事に、どうも目をそむけてしまう癖があります。

 

それが無くなれば、もっと成長が加速します。

 

 

一つずつ無くしていこう。