私は、娘の手をとり祈るようになりました。
祈りは本当に届きます。心の奥の奥の奥に。
それとは反対に、親は、子どもに本当に余計なことばかりしていました。そして余計な事を言います。
言葉は暴力です。
未だに上手に使いこなせませんが、この時は己の愚かさに涙が流れました。
結局、娘をどうにか自分の思い通りにしようとしていたようです。
親だから、笑って欲しい。幸せになって欲しいと、望むのは当然ですが…
その先に、余計なお世話がついてきます。
愛情という名のエゴ。
【親は最大のエゴイスト】
この時に私は自分のその姿に気づきました。
愛情とエゴは表裏一体です。
愛が無ければ殺人も、事件もおそらく起こらないでしょう。
大切なものがあるから、それを守ろうと必死になって事件は起こる。
あの時、必死で娘の幸せになる方法を探していましたが、結局は自分自身が安心したかったのだと後々気づきました。
そして、それは言ってはいけないタブーだと、信じ込んでいました。
「なぜでしょう?」
本音と、たてまえのようなものでしょうか。
子どもが辛い時には、親は最優先に子どもを心配するもので、「自分が安心したい。」なんて口に出してはいけない空気があります。
私の思い込みでしょうか?
子どもは子どもで、親が心配するから何でもないふりをする。
きっと、それもよくある事でしょう。
こと時、”親のエゴ”に気づけたことは、この後の子どもとの関係性を、359度変える事になりました。