あの頃の夫は、目の前にあらわれる鬼を、次々に殺してしまいそうな顔をし、殺気だっていました。
私にはそう見えました。
子どもは、もちろん近づきません。
ちょうど、中間管理職で忙しくストレスもあったと思います。
賢明に真面目に仕事をしていましたが、会社でも、周囲ともめる事があったようです。
鬼を殺しそうな殺気だった人と暮らして、楽しいはずがありません。
できるだけ避けたいのは当然です。
凄まじい緊張感が家中に流れていました。
この緊張を少しでも、和らげようと私は必死で笑顔でいました。
そして、子どもたちを安心させるために、寛容で優しい母親を必死で演じていました。
不思議なもので、演じているうちに、私の包容力は大きく大きく拡大されてきました。
自分で言うのも変ですが、小さな事が難なく許せるように、なってきました。
それも、自覚しながら。
この頃から、私は更に変わってきたのだと思います。
人を受容する。人に共感する。
精神科看護で言うところの、受容と共感です。
できるとは、言いませんが、以前に比べて『それが何なのか?どういうことなのか?』が、体験的に分かり始めました。
そして、少しでき始めました。
きっと、この時期は、私がコレをできないと子どもたちが生きていけなかったから、必死で無意識レベルで体得し、体得しはじめた事が、少し意識されてきたいのだと思います。
こうなると、大変です。