「死にたい」ち、いう病気の事をここまで、話してきました。
ココからは、経験に基づく具体的な事をお伝えします。
デリケートな問題です。あくまでも、私の個人的な意見として受け止めて頂けると嬉しいです。
精神科で勤務すると、「死にたい」と、いう人に遭遇することは、裂けて通れません。
実際に未遂に至った方にも、遭遇します。
高い確率で、これでもか!と、辛い体験をしてきた方も少なくありません。
「今まで、よく頑張ったね。そりゃ、そうなっても仕方ないよ。」と、言いたくなる時もあります。
親に捨てられた・虐待・死別・両親の離婚…様々な出来事が重なり続ける事も、生きているとあるようです。
もちろん、些細な事のように感じる出来事でも、大きく意気消沈される方もいらっしゃいます。
とにかく、医療従事者は、その最大の苦悩と直面した方々を、目の当たりにする事にまります。
声も出ないほどに落ち込んでいるシーン、暴力的なシーン、激しく罵倒するシーン…
急性期であれば、どのシーンも、己の感情を多き揺さぶられます。
そして、揺さぶられながら、多くの方に対し穏やかに平常心で時に笑顔で対応しなければなりません。
ある時は、「死にたい」の目撃者となります。
冷静沈着に判断しアドバイスする 目撃者。
こんなの人間のする事ではありません。
時には、睡眠なしでこの行為。
医師は、診療・診断・処方をします。
看護師は、24時間患者のそばで生活に密着し、揺れ動く感情の目撃者であり、伴走者でもあります。
医師が父親役だとすれば、看護師は母親役のようなもので、日々の生活を担っています。
どちらにも、とてつもない負担と役割があります。
そして、辛い感情のうねりの目撃者です。
当然ですが、肉体的にも精神的にも大いに傷つくことは、いなめません。
感情を殺すのは、人として間違っています。
でも、必要な役割でもあります。