“できグセ”をつけるために僕がした100と

+1 のこと

 

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「ミス」では落ちない真顔

(「ミス」を気にするより、やることは他にある)

 

 

入試で落ちるのは、点数が足りないから です。

「失点が多すぎた」わけですね。

もっと言うなら、合格に届くだけの努力が足りなかった、ということです。

 

それ以外に、理由はありません。

 

僕は、

「持ち点を多く失ってしまった」主たる原因が「ミス」だった、

という主張には、まったく賛同できません真顔

 

入試や検定等を受験して不合格だった時に、得てして不合格者は「ミスで落ちた」と言うことがあります。

 

“ミス落ち”派の人たちの言い分は、こうです。

「もし、ミスさえしなければ、合格点に届いていた」と。

 

本当でしょうか?

 

立場上、お気持ちは痛いほどよくわかります。

 

でも、その分析をもとに対策を立て、次回の何らかの試験に臨んだとしても、もしかしたら結果は変わらないかもしれないと思うのです。

 

ですから、その方々の「これから」のためにも、あえて申し上げておこうと思います。

 

少々 耳が痛いこともあるかと思いますが、お聞きください。

 

失敗の原因は、単純明快です。

 

「ミス」に押し付けてはいけません。

 

「ミスも実力のうち」とも言います。

失敗の主因は、ただ、実力不足だった(実力が届かなかった) のです。

 

実力をつけるための努力が足りなかった、ということなのです。

 

そして、とてもとても大事なことが、

「ミス」という言葉が大好きな人々が言うところの「ミス」というものは、

なにも落ちた人だけに見られる特別なものではない、ということです。

 

合格者たちも、ミスは犯しているのです。

ミスを犯していても合格(うか)る人は、合格(うか)っているのです。

 

ミスを犯した上で、ちゃんと合格最低点をキープしているわけです。

 

合格者たちは、ミスをしても合格点を上回れるだけの実力があった ということに他ならないわけで、このことを忘れてはならないと思います。

 

「ミスをしたから落ちた」ではないんです。

「ミスをしなかったら、落ちなかった」ではないんです。

 

だから、

こういう事実を知れば、

受験勉強中に、ことさらに「ミス」さえしなければ…と大騒ぎするのは、たいへん時間がもったいないと僕は思うんです。

 

事実、30年超の受験指導経験上、僕の周りで「ミス撲滅」を掲げ、見事に成功した受験生親子を見たことがありません。

 

そもそも、

本当の意味でのミスは、意識して、なくせたり減らしたりできるものではないと思うのです。

 

押すボタンが違うんです。

 

「よそ見しないで、注意しなさい」

で、優秀なF1ドライバーが育つとは誰も思わないでしょう?

 

ミスではないミス防止のために、親子であれこれ時間を使ったり心を配ったりするぐらいなら、そんなミスの一つや二つぐらいでは合否に影響しないだけの「実力」をつけるべく苦心したいものです。

 

実力が上がれば、その頃は、今までさんざん頭を悩ませていた「ミス」というものが、嘘のように姿を消していることに気がつかれるはずですよ。