“できグセ”をつけるために僕がした100と
+1 のこと
019
「ミス」では落ちない
(「ミス」を気にするより、やることは他にある)
入試で落ちるのは、点数が足りないから です。
「失点が多すぎた」わけですね。
もっと言うなら、合格に届くだけの努力が足りなかった、ということです。
それ以外に、理由はありません。
僕は、
「持ち点を多く失ってしまった」主たる原因が「ミス」だった、
という主張には、まったく賛同できません
入試や検定等を受験して不合格だった時に、得てして不合格者は「ミスで落ちた」と言うことがあります。
“ミス落ち”派の人たちの言い分は、こうです。
「もし、ミスさえしなければ、合格点に届いていた」と。
本当でしょうか?
立場上、お気持ちは痛いほどよくわかります。
でも、その分析をもとに対策を立て、次回の何らかの試験に臨んだとしても、もしかしたら結果は変わらないかもしれないと思うのです。
ですから、その方々の「これから」のためにも、あえて申し上げておこうと思います。
少々 耳が痛いこともあるかと思いますが、お聞きください。
失敗の原因は、単純明快です。
「ミス」に押し付けてはいけません。
「ミスも実力のうち」とも言います。
失敗の主因は、ただ、実力不足だった(実力が届かなかった) のです。
実力をつけるための努力が足りなかった、ということなのです。
そして、とてもとても大事なことが、
「ミス」という言葉が大好きな人々が言うところの「ミス」というものは、
なにも落ちた人だけに見られる特別なものではない、ということです。
合格者たちも、ミスは犯しているのです。
ミスを犯していても合格(うか)る人は、合格(うか)っているのです。
ミスを犯した上で、ちゃんと合格最低点をキープしているわけです。
合格者たちは、ミスをしても合格点を上回れるだけの実力があった ということに他ならないわけで、このことを忘れてはならないと思います。
「ミスをしたから落ちた」ではないんです。
「ミスをしなかったら、落ちなかった」ではないんです。
だから、
こういう事実を知れば、
受験勉強中に、ことさらに「ミス」さえしなければ…と大騒ぎするのは、たいへん時間がもったいないと僕は思うんです。
事実、30年超の受験指導経験上、僕の周りで「ミス撲滅」を掲げ、見事に成功した受験生親子を見たことがありません。
そもそも、
本当の意味でのミスは、意識して、なくせたり減らしたりできるものではないと思うのです。
押すボタンが違うんです。
「よそ見しないで、注意しなさい」
で、優秀なF1ドライバーが育つとは誰も思わないでしょう?
ミスではないミス防止のために、親子であれこれ時間を使ったり心を配ったりするぐらいなら、そんなミスの一つや二つぐらいでは合否に影響しないだけの「実力」をつけるべく苦心したいものです。
実力が上がれば、その頃は、今までさんざん頭を悩ませていた「ミス」というものが、嘘のように姿を消していることに気がつかれるはずですよ。