ひょっこり顔を出してくれました。
大学受験が終わって、
2校の合格を得たそうです。
「心理学」に興味があった彼女は、
高校2年の時から行きたい!と願ってたA大学と、
高校2年の時から行きたい!と願ってたA大学と、
その後に受けた法政大学に合格しています。
で、
「どっちに行くべきか」迷ってます。
と話し始めました。
くわしく話を聞いてみると、
『自分がずっと行きたかったのはA大学だった。
でも、法政を受けて合格したら、
友達も、学校や予備校の先生も、
みんなみんな、
「法政大学の方がいい」と、言う。
「就職とか将来を考えたら、やっぱり六大学よ?」
と言われる』
…と。
僕は訊きました。と言われる』
…と。
私は、本当はどうしたいの?
えっ?
私は、本当はどっちがいいと感じてるの?
えっ?
行くのは、友だちじゃなく
“私”でしょう?
…はいっ!
ずっと行きたかった。
ずっとずっと心の中にあった。
…
就職率も大事でしょう。
“六大学”などのステータスも魅力でしょう。
お友達も先生も、みんな、
KKのことを思ってアドバイスをくれています。
でも…
その学校に行くのは、友だちじゃなく
“私”です。
大多数の人は、他人事であればあるほど、
「無難な方」をアドバイスすると思います。
その人のことを心配しているから、
失敗する可能性が低いと思われる方を勧めてくれるのです。
立場を換えて、
自分が誰かにアドバイスする時を考えてみたら、
よくわかると思うのです。
ですが、それが、その人の幸せに繋がるかどうかは、
まったく話が別です。
これは、受験に限らず、恋愛、就職、仕事、結婚など
人生の様々な場面において、同様です。
無難に生きたいのなら、全然悩まないと思います。
でも、“何かひっかかる”ものがあるなら…
それは何でしょうか?
その“ひっかかるもの”をよく見るようにすると、
実は、そこに、
あなたの「私は、本当はどうしたい?」が見えてくる
ことが多いです。
「塞翁が馬」が語るように、
意外とわからないものですよ?
泥臭くたっていいのです。
スマートでなくていいと思うのです。
頭で考えてることと、心で感じてることが
必ずしも、同じとは限らないものです。
僕は自然に答が出てきました。
彼女の「はいっ!」に、実はもう答は出ていたと思うのです。
『はいっ!」と言った時、
彼女の瞳にぱあっと光が灯ったように、
僕には感じられました。
きっと、誰からも賛同を得られず
心細かったと思うのです。
そんな時に僕を思い出し、尋ねてくれたのも
何かの縁のような気がします。
彼女の内の「何かひっかかっているもの」が
ストン!
と落ちた瞬間だったのかもしれません。
えっ?
私は、本当はどっちがいいと感じてるの?
えっ?
行くのは、友だちじゃなく
“私”でしょう?
…はいっ!
ずっと行きたかった。
ずっとずっと心の中にあった。
…
就職率も大事でしょう。
“六大学”などのステータスも魅力でしょう。
お友達も先生も、みんな、
KKのことを思ってアドバイスをくれています。
でも…
その学校に行くのは、友だちじゃなく
“私”です。
大多数の人は、他人事であればあるほど、
「無難な方」をアドバイスすると思います。
その人のことを心配しているから、
失敗する可能性が低いと思われる方を勧めてくれるのです。
立場を換えて、
自分が誰かにアドバイスする時を考えてみたら、
よくわかると思うのです。
ですが、それが、その人の幸せに繋がるかどうかは、
まったく話が別です。
これは、受験に限らず、恋愛、就職、仕事、結婚など
人生の様々な場面において、同様です。
無難に生きたいのなら、全然悩まないと思います。
でも、“何かひっかかる”ものがあるなら…
それは何でしょうか?
その“ひっかかるもの”をよく見るようにすると、
実は、そこに、
あなたの「私は、本当はどうしたい?」が見えてくる
ことが多いです。
「塞翁が馬」が語るように、
意外とわからないものですよ?
泥臭くたっていいのです。
スマートでなくていいと思うのです。
頭で考えてることと、心で感じてることが
必ずしも、同じとは限らないものです。
僕は自然に答が出てきました。
彼女の「はいっ!」に、実はもう答は出ていたと思うのです。
『はいっ!」と言った時、
彼女の瞳にぱあっと光が灯ったように、
僕には感じられました。
きっと、誰からも賛同を得られず
心細かったと思うのです。
そんな時に僕を思い出し、尋ねてくれたのも
何かの縁のような気がします。
彼女の内の「何かひっかかっているもの」が
ストン!
と落ちた瞬間だったのかもしれません。
