チャーリー ウィルソンズ ウォー(原題「CHARLIE WILSON'S WAR」) という映画を観ました。

最後のシーンで、印象深いセリフが出てきます。

映画では「禅マスター(老師)」と「少年」という形で紹介されています。

14歳の誕生日に少年は、馬をもらいます。
しかし、ある日、この馬が逃げ出してしまい、少年はひどく落ち込み、村人も悲しみました。
それを見ていた老師は「いずれ、わかるよ」とだけ言いました。

それからしばらくしたある日、なんと逃げ出した馬が、素晴らしい牝馬を連れて戻ってきました。少年も村人たちもたいそう喜びました。
それを見ていた老師は、また「いずれ、わかるよ」と言いました。

少年は乗馬が好きになっていきました。しかし、ある日のこと、落馬して、足を骨折する重傷を負ってしまいました。心配そうな村人たちを前に、老師はこう言いました。
「いずれ、わかるよ」

それからしばらくして戦争が起こりました。戦死者も多く出た悲惨な戦いでした。ところがこの少年は、落馬のせいで足が悪かったために、兵役を免れ無事でした。村人たちは喜びました。
老師はこう言いました。
「いずれ、わかるよ…」

私はとても胸に沁みるのです。

「先を見る」ことの重要性を説いているのですね。

これは、中国の故事「塞翁が馬(さいおうがうま)」そのものなのですが、「塞翁が馬」では、老師の「いずれ、わかるさ(=We'll see.)」の部分は、「そう(幸福)とはかぎらないよ」とか「そう(禍い)とはかぎらないよ」と、もっと直接的な言い回しになっています。

私は、このセリフを、「中学受験」「高校受験」を終えたご家庭の親子に、ぜひぜひ聞いてほしいと思うのです。

私の「言いたいこと」「伝えたいこと」、わかっていただけますか?

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第一志望校に進学した子、
第二志望校に進学した子、
第3志望校に進学した子、
すべり止めに進学した子、
再度、受験を志した子、
どの生徒も、私の教え子に変わりなく、私の自慢の子達です。

“順逆”(道理にかなっているか、否か。順境・逆境)は、人の心の構えに拠るところが大きいものです。ただ、小学6年生や中学3年生にまだ、そんな心の持ち様があるはずもなく、だからこそ親がそういう心構えを持っていることが必要なのです。

どの学校の先生方も、春、少し大き目の真新しい制服に身を包んだ新入学生を“待ち望んで”くださっています。

「この学校に行けて良かった!」
息子さんや娘さんが、3年後、6年後、10年後に、そうつぶやいてくれたら、お母さん、お父さん、泣けてきますよ、絶対?ニコニコ

今年、受験を終えた中学受験生、高校受験生の皆さん?
その学校を、ぜひ「最高の学校」、「あなたのベスト校」にしてください。そして、それは、“これからの”あなたの過ごし方で決まるのです。

がんばった甲斐があった人、
全力を尽くしても叶わないものもあることを知った人、
なんとなく合格っちゃった人、
がんばりきれなかった人、
それぞれに、それぞれの結果が出ました。
「ベスト校」に行くために、がんばる。…これが受験です。

でもね、本当は「ベスト校」に“行く”んじゃないんです。
「ベスト校」に“する”んです。

「学校の価値」は入学する時に決まるのではなく、卒業する時に決まるものです。
あなたにとって、本当にその学校が「ベスト校」だったか、どうかは、“これから”決まるんですね。

先を見る…いずれ、わかるよウィンク