「自信」とは、読んで字のごとく“自らを信じる”ということです。

早い話が、
僕にはコレができる!
私はコレなら大丈夫!
という“気持ち”ですね。

「自信がある」ということ、どれくらいあるでしょうか?

「ゲームの『戦国無双』なら自信があるーっ!」
「“ビックマック”なら3個は食べられるー!」
「“流水算”なら、自信あるー!」
…へー、数えてみたら結構ありますね~猫2。。。

人間は成長するにつれ、いろいろなことができるようになってきます。

例えば、誰だって小さい時には、トイレも上手に使えませんでした。
お箸も上手に扱えませんでした。
言葉も上手に話せませんでした。
「ぷよぷよ」もパパには絶対に勝てなかったでしょう?

しかし、大きくなるとともに、そういうものもどんどんできるようになってきます。

それが「成長」です。

子どもが成長するということは、どんどん「自信」を作り上げていく、積み上げていく、その“過程”を意味しているんですね。

「ナントカができる!」ということは、本来、尺度が必要です。“できる”基準が、「他の誰か」と比較しての話なのか?、「自分としては」の話なのか?、で“実際”のできる中身はかなり違ってくるものだからです。(←手っ取り早く言い換えれば、相対評価なのか?絶対評価なのか?ということですね。)

でも、「自信」とは、自らを信じるということなのですから、一番大切なのは、「本人がそう思えるか、どうか」にかかっているのではないかと思うんです。

「自信はどうやって育てるのか?」と言いますと、多くの書物には「努力」とか「繰り返しの練習」とか書いてあるものですが、そういう「根性路線」だけでは決して解決できない問題もあります。

実は、肝心なことは、心がまっすぐに伸びやかに育っていること自分の結果に、自分で責任がとれる準備ができていること、にあるような気がしています。

いくら長期間、長時間、訓練してきても、心の準備ができてなければ、やはりどうしても「自信」は持てないでしょう?

逆に、心が育ち、準備がしっかりできていれば、短時間に集中して勉強することで、十分に結果は出せるはずです。

私がよく言う「精一杯の努力」は、ある意味、自分で十分に納得がいくかということです。単純な時間の問題ではありません。

1月31日の日に、「よくがんばったな」と思える人は、もうその時点で、半分以上、合格しているのかもしれません。よくがんばったなと思えれば、自分の結果に納得がいくはずです。

「これでダメなら仕方がない。またがんばればいい。とにかく1日1日、目の前の試験に全力で臨もう」…そういう心境で受験を迎えられた人は、「いい受験」をしてくれたのではないかと思っています。

小学生が受験勉強をしていくことは、なかなか大変なことだと思います。
私もよくわかっています。
でも、それを経験し見事に乗り越えていくことが、人生を豊かでハッピーなものにするために、とても必要で大事なものであることも私は知っていますから、生徒の皆さんに、この道をぜひ通ってもらいたいと思っています。

「自信」と「ヤル気」は、「ニワトリ」と「卵」と同じで、どちらが先でどちらが後かは誰にもわからないものです。が、密接な関係にあることは疑いようのない事実です。

遊びでもスポーツでもゲームでも同じことだと思います。
例えば、ゲームの「中ボス」が登場!ヤル気満々!が、なかなか倒せない。ヤル気、やや減少くるりんイライラしてくる。ヤル気、さらにダウンがく~。テキトーにやってみる。友達に聞いてみる。攻略本で調べてみる。…いろいろやっているうちに、やがて倒せるようになる。

その結果、自信が生まれるわけです。
それから後は、
「ココまではいける!」と思うと、必ず行けるでしょう?
「コイツはコレを使えば倒せる!」と思うと、必ず倒せるでしょう?

そして、自信が深まり、その自信が、次のステージへ挑みたいというヤル気を呼び込むのですね。

そういうものが、受験勉強にも確実に存在しているのです。

「自信」と「ヤル気」…、別にどっちが先で、どっちが後でもいいんだと思います。両方持っていれば“頼もしい”ものですが、なかなかそううまくもいかないものです。しかし、どちらか片方でも…わずかでも芽があれば、育てていくことで“事態がいい方向へ急変する”ことも十分にあり得ます。

両方持ってない“コマッタちゃん”には、親御さんも私たちも相当手を焼くことになりそうです。そういう子を発見するたびに、私は頭が痛くなってくる感じがします。しかし、手がないわけではありません。投与回数に限りはありますが、特効薬が一つだけ残されています。

その抗生物質の名は「きっかけ」です。

後日、「きっかけ」の話をさせていただこうと思います。