中学受験に限らずでしょうが、「入試」の世界ではよく“番狂わせ”という言葉が使われます。

いい場合でも使われるし、そうでない場合でも用いられます。

この言葉は一面ではやはり真実ですが、よく分析すれば、それなりの因果関係が見えてくることが多いものです。

つまり、入試の結果は、どの結果にも説明できる「理由」があるのです。

『実力さえあれば合格するはず』と誰しもが思います。しかし、実際には、そう簡単に思い通りの結果は出ません。

逆に、「合格(うか)りそうもない子」が合格して、驚かれることもあります。

私の息子の周りにもすごいヤツがいたとかで、なんでも下から3分の1の位置(順位)にいた子が、東京大学にストレートで合格し、周囲の騒ぎになったことがあるそうです。

しかし、その子のノートを見せてもらって、「なるほど!」と感心したそうです。「納得した」と言っていました。ノートには、とても几帳面なていねいな字で大切なポイントがまとめられていたと言います。

そういえば、余談ですが、「東大合格生のノートはかならず美しい」 という書籍を本屋さんで見つけました。

私はまだ読んでおりませんけど、興味がある方は、お読みになられてみてはいかがでしょう?“よくできる子”のノートに「共通点」が存在することは、確かです。

ノートも、「東大合格生のノートのとり方から生まれた キャンパスノート」 というものがあるようですよ。

話が少し横に逸れました。

今年の入試でも、“例年通り”番狂わせはありました。しかし、やはり、きっとよく調べてみると、「番狂わせ」を起こした原因は見つかると思います。

自分のことは自分でする習慣がある。
ゆっくりだけど、納得がいくまで考えている。
余裕がある。(←“ありすぎる”のは×

こんなポイントが、「いい番狂わせ」を引き起こした原因として、真っ先に思いつきます。

皆さんの中には、もっと他の要素…、たとえば、“何々の問題集を何回やっていた”とかを期待された方もいらっしゃると思いますが、「そういうこと」ではないのです。「そういうこと」は入試の合否を決定する上で、実はたいした意味を持っていないものです。逆に、上記のポイントのいくつかが欠けていると、「なぜ?」「どうして?」と入試後にあわてることになりかねないように思います。

「チャーリ~?合格したよっ!!!」
の生徒からの電話の声に、「ホントに?マジか?やったぁー!!奇跡だね?!イッツァ ミラクルじゃん?!」と、つい言ってしまったひやひやことがあります。。。

「奇跡」なんて言葉が口から飛び出してしまい、「しまったあせあせ」と思ったのですが、「後から遊びに行くからね~!何かごちそうしてね?!」という明るい弾むような声で、電話が切れました。

この子の場合は、その年の四谷大塚の合不合テストで、駒場東邦中学校の合格ラインに90点、筑波大駒場の合格ラインには115点も足りない冷や汗、という状況でした。(←私の記憶が正しければ…)

でも、運良く(?)、両方とも合格しましたかわいい

この子の特徴も、何といっても明るく、そしてていねいでした。

しかし、「ていねい」だけに時間がかかるため、テストでは問題のやり残しが目立ちましたが、手をつけている問題は必ずできていました。

この子のように、「じっくり、ていねいに」という習慣がついていると、“入試に強い”と言って良さそうです。だって、ホントによく合格するんですよ、このタイプの子達はラッキー

逆の意味の番狂わせには、家庭にとっても塾にとっても、一生、出合いたくないものですが、こういう“いい意味での番狂わせ(=ミラクル)”だったら、大歓迎ですよね?

少し、マネをしてみてはいかがですか?