(どうしよう……)
僕は病院の長椅子で、途方に暮れていた。
少し前のことを思い出す。
僕のことをよく知っている主治医は、僕にショックを与えたくなかったのか、言葉を選ぶように慎重に言った。
「うーん、これは、あのね、
肺に穴が開いてます」
単刀直入だ。言葉を選んだのかもしれないが、ズバリだ。
肺に穴、ああ、なんてこった。
僕はこの間、転んだ。
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すぐに外科に診てもらって、大きな怪我がないことは確認した。
ただ、この時外科のドクターに、「レントゲンで映らないものもあるから、気になるようだったら内科に行くといいよ」とも言われていたのだ。
しかし、日々、痛みは引いていき、「まあ、あんなに激しく胸を打ちつけたから、こんなもんだろう」と、あまり気にしなかった。
とはいえ、だ。
僕は身体を動かすのが好きなので、早く走りに行きたい。
しかし、走ると痛いし、咳が出る。
うーん、これは嫌だな。早く完治させて運動したいから、念のため主治医の先生に診てもらおう。
そう思って、僕は昨日、テクテク歩いて病院へ行った。
細かく診てもらったら、なんと肺に穴……
マジか、俺……。
「タカさん、数日間苦しくなかったの?」
と、ドクター。
「いや、こんなもんかなと思いまして」
と、頭ポリポリの僕。
「あのね、すぐに大きい病院に連絡入れますよ。最悪、入院と手術になると思うから、心の準備をしていてください。
本書けなくなったら大変ですからね、ちゃんと治して」
ああ……、僕は長椅子で頭を抱えた。
家族になんて報告しよう。
みんな心配するはずだ。
そして、ファンには言うべきか言わないべきか……できうる限り余計な心配はかけたくない。
しかし、うちのファンは優秀だ。みんな「?」と、どこかで疑問を抱くかもしれない。
そうだ、それに出版社だ。幸い、今、抱えている原稿はないが、いろいろなやり取りはある。
困った。
紹介状を書いてもらい、タクシーで大きな病院に向かう。
その間に僕は妻にメッセージを送った。
「肺に穴が空いている気胸という症状だそうです」
妻は冷静だったが、おそらくマッハのスピードで入院準備をするに違いない。
きっと、両家の両親にも連絡するだろう。
ああ、親に心配をかけてしまう。
僕が転んだばっかりに!!
しかも、僕がいない間、妻はひとりでうちで過ごすのか。猫はいるが、猫は猫だ。
1日2日なら何とかなるかもしれないが、それ以上だと無理だ。きっと暴れる。
つまらん、と言って、
彼女は暴動を起こすのだ。
僕がセカンドモナリザで寝込んでいる時がそうだった。
ひとりだとつまらん!!と、彼女は騒いだ。
近くに実家があるとはいえ、やらなきゃならない仕事もあるから基本はひとりで過ごすだろう。
しかし、問題はその仕事だ。
どうやって回そう、病室にパソコンを持ち込めるのか、Wi-Fiはあるのか、いや、ないだろうな……。
紹介された病院に着く。
受付で名前を告げると、すぐに呼吸器科に通された。
精密検査が行われる。
先生方は真剣な表情だ。なにやら、ヒソヒソ話もしている。
も、もしかして、意外と重症なのだろうか、手術も大きくなりそうなのか、ああ嫌だ、僕は家に帰りたい、妻と猫を残して、家族を残していきたくない、
助けて……
「小野寺さん、小野寺さん!!」
先生の声にハッと我に返る。
「お待たせしました。ご家族にはもう連絡しましたか?」
「ええ、一応」
「安心してください。入院も手術も必要ありません」
先生はにこやかに言った。
「へ?」
「ええ、通常はね、手術が必要な症状ですよ。ですけど、時間を置いたのが功を奏したんでしょう。穴が塞がりかけています。
今の状態だと自然治癒が進んでいますから、あえて手術をする必要はないでしょう。
それから、大きな骨は折れていませんが、細かい骨は数本折れていますね。よっぽど強く打ったのでしょう。よかったですね、これくらいで済んで。特に制限はありませんから、来週もう一度見せてください。主治医の先生にも言っておきましょう」
その時の僕の表情は、きっとビックリするくらいマヌケだっただろうと思う。
心の底から、ホッとした。
ああ、うちに帰れる。
ありがたい。嬉しい。
そう思った。
帰ると、妻がレスポートサックの「入院バッグ」にすべての用意を終えて、キッチンでコーヒーを飲んでいた。
両家の両親もいろいろスタンバってくれていたらしい。
入院手術の保証人も妻の弟にお願いし、すべての準備が整っていた。
僕は「あの、大丈夫だったよ」と、なんとなく泣き笑いで妻に言った。
妻はちょっと黙った後「そう、アハハ」と大笑いした。
突然、入院をしなきゃならない経験を、僕は初めて味わった。
結果的には大丈夫だったんだけど、うちを出てそのまま帰れないかもしれないというのは、初めてのことだった。
正直、とてもこわいと思った。
あたりまえにある日常が、ほんの少しの歯車のズレから狂ってしまうこともある。
(この場合は、僕が転んだばっかりに!!)
肝に銘じた。
僕は僕を、そして家族と、僕の今を作ってくれている仕事に今以上に感謝しようと。
というか、昨夜、自分の寝床で寝られて、有難さしか湧いてこなかったのだ。
僕はきっと最近、いい気になっていた。
気付かぬうちに家族が、家が、みんながあることが当たり前になっていた。
きっと、
このあたりの存在が、僕の頭をガツンとやるために、動いたんだろう。
だって、相当な怪我だったのに、自然治癒してるんだもの。
スリルだけ味わわせて、ちゃんと帰してくれるんだもの。
よくわからんけど、人はこうやって学ぶのだ。
「わかったらいいがね!!」
そんな愛ある声を、僕は確かに聞いた……。
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