事件はいつも突然やってくる。
その日は朝から快晴だった。
僕は自転車を走らせて、立ち食いそば屋へ来ていた。
入り口を入ると、券売機に500円玉を投入する。
今日のお目当ては、ちょっと豪華な鴨南蛮そばだ。
立ち食いそば屋で490円は、なかなか豪華といえよう。
カウンターで食券を差し出し、「そばで」と、一言添えるのを忘れない。
ここでは、そばかうどんかの確認をされるのだ。
セルフのお冷やを取り、自前のアルコールティッシュで手を拭く。
感染予防はいやらしくなく徹底的に。
コレが僕のポリシーである。
さり気なく店内を見回すと、サラリーマンのおじさんが天ぷらそばをうまそうに啜り、
学生風の若者はかき揚げそばにたっぷりと七味を振っている。
お客さんはみんななんだか嬉しそうだ。
そう、立ち食いそば屋は庶民の強い味方なのだ。
ふふふ、財布と相談する必要がなく、思い切り贅沢ができる幸せ。
「鴨南蛮そばの方〜」
という、おばちゃんの声が店内に響く。
「は〜い」
僕は素早く、カウンターへ向かった。
テーブルに丼を置き、割り箸を手にする。
鰹節のダシに溶ける鴨肉の脂、ほのかなユズの香り。
温かい湯気が、連日の仕事で昂ぶった気持ちを解きほぐしてくれる。
「こいつめ、相変わらずいい香りをさせやがって」
心の中でほくそ笑んだ。
しかし。
箸を付けようとした瞬間、強い違和感を感じた。
「はて?何かがおかしい」
僕の脳裏を何かがかすめた。
考えろ、俺。
何かが違うんだよ……
無言で鴨南蛮そばを見つめながら、
僕はこれ以上ないほど、真剣に思案した。
そして、気がついた。
「鴨が4枚しかない!!」
その驚愕の事実に、僕の目は大きく見開かれていた。
そう。
僕はこの立ち食いそば屋で鴨南蛮そばを注文するたびに、
薄〜くスライスされた鴨肉が何枚入っているかをしっかりと数えていたのだ。
そして、
いつだって、ソレは5枚だった。
しかし、今、目の前にある鴨南蛮そばには鴨肉が4枚しかない。
1枚足りないじゃないか!!
僕は動揺した。
そして、すぐにちょっとした怒りがこみ上げた。
鴨肉が足りない。これは大変な事件である。
すぐに文句を言いに行こうかと思い、器に手をかけた時、もう一人の僕が現れた。
そして囁く。
「おい、タカ。一旦落ち着けよ。
さすがにそれは、みっともなくないか?」
その声に僕は少し冷静になった。
たしかに僕はこの立ち食いそば屋によく来る。だからこそ、『鴨肉はいつも5枚である』と気付いていた。
しかしだ、ここで『いつも5枚なのに4枚しかありませんよ』と、クレームをつけたらどう思われるだろうか?
「あらやだ。この人、よく来るけどいちいち鴨肉の数を数えてるのね」
おばちゃんにそう思われるのではないか?
なんだかんだ言っても、僕は本を書く作家だぞ。
龍神ガガシリーズだって、もう25万部を突破している。
年明けには30万部くらいいっているかもしれない。
「確かにちょっとみみっちいかも」
そんな気持ちが脳裏をかすめる。
落ち着け、俺。
僕は自分にそう言い聞かせて、深呼吸をひとつした。
そして僕はもう一度、鴨南蛮そばに目を落とした。
「ん?」
僕は、素早く箸を当てて1枚の鴨肉をつまみ上げた。
それを見た瞬間、驚きと安堵が入り混じった感情が僕の心を一気に飲み込んだ。
か、鴨肉が重なってる!!
5枚あったーーっ!!
そう!!
2枚の鴨肉が重なり合うことで、1枚に見えていたのだ。
僕は大きく深呼吸をする。
「よかった……」
その一言が、すべてをあらわしていた。
世界のすべてが美しい。
そう感じた瞬間だった。
※この物語は事実をもとにしたノンフィクションだ。
だからと言って、幻滅することのないように切に望むものである。
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今日もご愛読ありがとうございました!