ワカはサッと買物カゴの中に視線を巡らせ、買い忘れがないことをチェックした。
近所の薬局。
マスク類はまだないものの、トイレットペーパーやティッシュボックスはすでに棚に並んでいる。
「冷静に考えればわかるでしょーが……なんだって何か騒ぎになるとトイレットペーパーを買いに走るのかしらね、日本人は」
あの騒動はなんだったのだと、ため息をひとつつく。
レジでポイントカードと共に割引クーポンを渡すのも忘れない。
こういうところは、抜け目ないのだ。
慣れた手つきで店員が、エコバックに品物を詰めてくれる。
「お世話さまでした」
と、店員にお礼を言ってレジを離れた。
買ったもので大きく膨らんだエコバックと、5個パックのティッシュボックスを両手に提げて、出口へ向かう。
すると、ガラス扉の向こうに、20代と思しきカップルが店に歩いてくるのが見えた。
細身で色白、スッキリとした顔立ちにブルーのジャケットが、洒落た今風の若者に見える。
彼らを先に行かせようと、ワカが扉から少し下がって待っていると、右手でサッと扉を開いた青年が、
「どうぞ」
と、左手でワカを促してくれた。
おおっ!なんて素晴らしい青年!と、心の中で呟きつつ、ワカは笑顔で
「恐れ入ります、ありがとう」
と声をかけると、
「とんでもない」
と、笑顔を返してきた。
後ろにいた彼女と思しき女性も、ニッコリ笑って軽い会釈をしたという。
(なんと……)
ワカの心が、ジンワリとしたあたたかさに満ちていった。
「とんでもない」
と、いう言葉が心の中に爽やかな風となって吹き抜けていった。
人はとっさに普段使わないような言葉を返せることはない。
きっと彼らは、日頃からこういう気持ちで振舞っているのだろう。
世の中はコロナウイルス騒動で、ギスギスしている。
そんな中、「とんでもない」と笑顔で返せる心のゆとりが嬉しかった。
なにより、あの二人の心遣いがとても素敵だと思った。
たった一言のゆとりが。
やさしさが。
しあわせをくれる。
嬉しいことを経験したなあ。
帰ったら、タカに教えよう。
ワカはトコトコ歩いて帰宅した。
家にタカはいなかったので、仕事をしながら一人で待つ。
しばらくして、玄関でギャリと音が聞こえた。
タカが帰宅してきたのだ。
「おかえり~」
笑顔で迎えるワカ。
今日はいいことがあった。
素敵な若いカップルのことを教えてあげよう。
そう思って口を開きかけた瞬間。
「玄関開いてたよ。ちゃんと鍵閉めなきゃダメじゃん!!まったくもう」
そう言ってタカは唇と尖らせ、ギャリと扉の鍵をかけた。
「…………」
言葉は温かい毛布であり、また凶器でもある。
人の心を救いもするし、嫌な気持ちにもする。
どうせなら、優しい言葉にしよう。
あなたの何気ない一言で、救われる人がいるかもしれない。
悲しく傷つく人もいるかもしれない。
どうせなら、人を救おう。
そして僕は・・・気を付けよう・・・(^_^;)
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