「タカや、おはようだがね!!」
リビングには今日もさわやかな風が吹きこんでくる。
僕が新聞を広げているとガガが話しかけてきた。
「あ、ガガさん。おはようございます」
「おまえ、いつも『おはようございます』じゃつまらんがね。もう少し面白い返しをしたらどうかね」
またそんな無茶なことを言いだす・・・
僕は苦笑いを受かべると頭をひねって考える。
そして大きく右手を上げて叫んだ。
「グッドモ~ニ~ング!!」
「・・・なんか違うがね・・・。おまえ、我をバカにしているのかね!!」
ガガさんが違う返しをしろと言ったんじゃありませんか(^^;)
まったく理不尽な、と僕が思っていると
「ところでタカや、我は最近不思議でならんのだ」
「またなんかありました?」
「人間界では最近なにか事件が起きるとだな。『追い込まれて・・・』と言うだろ」
精神的に追い込まれて・・・
特に最近は自殺の原因などでよく耳にする。
ブラック企業の問題でもそれで身体を壊して、という話も聞く。
「なぜ逃げんのかね?」
そのあまりにもシンプルな言葉に僕は目を丸くする。
「え? 逃げる??」
「さよう。そんな精神的にも追い込まれる状態ならば、逃げればよいがね。なぜそれをせんのか、龍神界でもみんな不思議でならんのだ」
僕はうーん、と腕を組んでから口を開く。
「たぶんですが・・・。日本では逃げるという事が恥ずかしいという風に思われているからだと思います」
日本では「根気」とか「継続」とかそういうのが美徳とされている。
なにごとも我慢強く頑張ることが良いとされている。
だから逃げることが恥ずかしいこと、悪いことのように感じて躊躇する人も多いのかもしれない。
「その点おまえは逃げ足が速いがね!!素晴らしい」
「そ、それ、褒めてるんですか?」
妙な褒められ方である。僕は思わず笑った。
思えば僕は結構、逃げてきた。
高校時代にもこのまま継続してもこの指導者のもとではできない、とぱっぱと部活を辞めた。
就職した時も、この環境では僕は無理だな、と早々に辞めてしまった。
会社で精神的にまいった時は2ヶ月くらい会社を休んだことも・・・
それを「恥ずかしいこと」と、心のどこかで思ってきたのは事実だ。
「自分は根気が足りないのかな?」と思ったりもした。
でも、その結果。消耗する前に環境を変えて頑張れた。ソニーでPSPの製品設計を任され、成功した。
そして、いまの素晴らしい環境を手にすることができたのだ。
「言われてみれば、僕はこれ以上は無理だな。と思ったらさっさと逃げてきましたね」
僕は頭をかきながら言った。
「動物は逃げるべき時には素早く逃げる。なぜなら『攻める』か『逃げる』かの判断が生死を分けるからだ。なにより大事なのは『命』だとわかっているのだ。それが本能というものだがね」
「じゃ、そういう時に逃げないのは、本能が衰えているとも言えるんですね」
「その通りだ。それにだね」
ガガは一呼吸置いてから続けた。
「日本でも成功者と言われる者はみんな逃げ上手だったのだよ」
戦国時代、有名な織田信長もその一人だ。
かつて「金ヶ崎の戦い」において敵に挟み撃ちにされた。
その時、なんと。味方を置いて一目散に逃げだしたのだ。
無理に頑張って消耗するよりも。余力を残した状態で逃げた方が後から巻き返すことは可能なのだ。
恥も外聞もなく逃げることで、総大将が生き伸びればいくらでもやり直せる。
江戸幕府最初の将軍 徳川家康も、最後の将軍 徳川慶喜だって味方を置いて逃げ出した経験がある。
「だから我は言ったのだよ」
そう言ってガガがニヤリと笑う。
「おまえは実に逃げ上手だとな」
「なんか褒められてるのか、バカにされてるのかわかりませんね」
僕はワハハと悪い声を上げた。
「我も逃げるのは上手いのだよ。なんと言っても我は白龍だからな!なんか『白旗』みたいじゃないかね!!」
まあ・・・言われてみれば(笑)
自分の身体を白旗に例えるとは・・・
龍神・・・いや。龍神ガガ、恐るべし。
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