さて…



ワーゲン占いの話しの続きです。

1970年代中頃の頃のスバル360 の登録台数ってどのくらいだったんでしょう…
生産中止からまだ10年は経っていなかったので、まだまだフツ〜に現役…
型遅れのちょっと旧い軽自動車だったのでしょう…

ISO螺子太郎の小学校一年生の時の担任の先生は、幼児が2人いる若い先生でしたが、二年生に上がる時に380ccの実用バイク❓(車種は覚えていませんが、サンパチ って言ってたのを覚えています…)から新車のレックス360(2ドア)に乗り換えたのを覚えています…

通学路の途中にあった旧東海道沿いのラーメン屋さんは、ストロングサンバーで配達に行ってたなぁ〜
よく学校からの帰りに冷たいお水を貰って飲んでいたっけ…


当時はファミレスなんかまだ無いし、マイカーも無い太郎一家の たま〜にある家族での外食も、ココのラーメン屋さんだったなぁ〜



閑話休題

当時は街中でもフツーにスバル360 が走っていました。
でも殆どが1967年型以降の40型か最終型…
1963年型や、ましてやデメキンなんて見た記憶が無かったなぁ〜(苦笑)

でもカスタムは太郎の中ではちょっと特別な存在でした…
前はフツーのスバル360…
なのに後ろ半分が丸まってない…

通学路の旧東海道は沢山のクルマが見える最高の場所‼️
スバル360カスタムが通ると見えなくなるまでまで眼で追いかけてました…

通学路の途中には歩道橋が有るのですが、歩道橋の真下にはスバルのサブディーラーが有り、新車のレックスやR2が年中出入りしていました…

歩道橋の西側には 太郎も数年後にお世話になる、『Sオート サービスステーション』という昭和25年創業と言う、当時でも既に老舗の自動車修理屋さんが有りました…

ココの当時の社長がスバル360好きで、常に店の前にはシャンパンゴールドのSDXかアイボリーホワイトの最終DXが停めてあるのでした…
つまり当時のワーゲン占いに夢中になっていた少年達は、この歩道橋を渡る時は登校時は右側…
下校時は左側を決して見てはいけなかったのです‼️(苦笑)

ISO螺子太郎少年❓
勿論友達と一緒に

『うぇ〜』

何て言いつつ、顔を覆った手の指の間からシッカリとスバルを見て、心の中ではガッツポーズだったのでした… 


つまり太郎少年のワーゲン占いは、常に『ジョーカー❓のスバル360を見て超ハッピー』な結果だったのでした‼️




そしてスバル360 を1日で5台見るのもそれ程難しい事では無く、フツーに過ごしてれば難無く熟せたのでした…
まぁ年々走っているスバル360 は少なくなっていましたが、解体屋に行けば必ずと行って良い程 『上物 未再生原型のスバル360 』が転がってました…




さてさて…
そのスバル360 好きの社長がいた
『Sオート サービスステーション』

街道筋の修理屋さんという風情が なんとも言えない雰囲気を醸し出していましたが、残念ながらつい先日 廃業をしてしまいました…






戦後の混乱期から21世紀の平成まで…
日本の自動車業界の発展を、東海道の街道筋から見続けていた修理屋さんが無くなってしまうのは、何とも寂しいデスね…



因みに最後まで残っていた最終型は、太郎と旧知の間柄のスバリストに引き取られて行きました…






ン…❓
何の話だったっけ❓

1970年代中頃…
まぁそのくらいスバル360 はフツ〜の存在だったのでした…

おしまい‼️ 

ではまた…