​他県より香川のお寺に嫁ぎ
幼児2人育児中です。

魂の声をきき

恥ずかったり汚かったり色んな自分を認めて
自己解放、自己開示
自分がまず、幸せになること。

そして

自然と調和して大人も子供も
イキイキ楽しく笑いある社会をゲラゲラ

お寺の境内の磐座を中心とした
ムラづくりを目指しています。

クローバー日々の気づきをシェアしていますクローバー



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子供といる事で生まれる豊かさを充分に味わおうと思っています




ハートの形で焼いてー ドキドキ


バナナの形で焼いてー バナナ


幼児たちの要望を叶えたら、楽しく焼ける照れ


我ながら可愛くできたー飛び出すハート飛び出すハート




そして、その後急に3歳娘が『これ読んでー』と持ってきた小冊子。




ん?こ、これは。。。





絶対泣くやつ泣き笑い


娘はいつもこちらの状況を深く察しているかのような事をやってくる




『 ママは幸せ? 』


わたしの幸せかあ。。キョロキョロ




ここでまた、私の深い根深い思い込みを発見することになるのです。。



こどもの幸せを完全に叶えるためには


自分の幸せを犠牲にしなければならない



という変な思い込みに気づきましたガーン



え?


なんで?


こどもと一緒に幸せになったらいいよね?




もし私が幸せになったらなら




子供を犠牲にしてしまうだろう




と、思っている自分がいました。




へ?笑い泣き


幸せになっていいやろー煽り


アレかな



どうも私は前々から



修道女で子供に食べ物の施しをしていた前世があるように感じていまして



どんな子供も飢えさせてはならないとか


人生の中で変に使命感や義務感を感じる場面がありました。



だから自分の幸せを求める、



自分のために時間を使うと言うことは



子供たちを飢えさせてしまうというような



子供たちの幸せを奪ってしまうように



感じていたのかもなー、と。。。




心の底からの本当の幸せを実現することは


きっと誰の害になることもなく


誰もが本当にやりたい事の


むしろ後押しになり


全てのことと調和出来るはずなのに


子供の幸せを願っていると言いながら



自分が幸せになることを一番恐れていた自分がいて


幸せになっちゃいけないと思い込んでいる自分がいることに気づいたのでした無気力


いやいやまず自分が幸せにならないと驚き


周りも幸せに出来ないでしょー驚き


頭で解ってたつもりになってただけだったようです。


なぜ片付けられないのか?


なぜ『やったことリスト』が書けないのか?


何故なら


私がやったことを何1つ認めてはいけないから。


私が持って帰ったものに


居場所を与えてはいけない。


名前を与えてハッキリさせてはいけない。


私が幸せになっちゃったら


それはエゴだから。


裏にこんな思い込みが潜んでいたようです驚き


ほほーーーっ煽り


でした。


いわゆる


幸せになっちゃいけない症候群だったワケです。不安


はうっ。おとろてぃー。


どおりで自己肯定感が地底レベルな部分がある訳です。


また一から自分を見直していく必要がありそうです。


今回の結論


脱・修道女の思い込み。


私も子供と一緒に幸せになる。


今後は


自分は幸せになっても良い症候群にびっくりマーク泣き笑い飛び出すハート