他県より香川の真言宗のお寺に嫁ぎ幼児2人育児中です。


前回のつづき。


精進料理の会で裏方ではありましたが、私も同じお坊さん達がやっているように、お料理を黙食して食べることに集中して、よく噛んでしかしあまり音をたたないように食べてみました。


毎度、食事といえば子どもと食べる時は静かになんてとても無理で


子どもに膝の上に乗ってこられたり


食べさせてと言われ、食べさせるもなかなか食べないから


イライラして怒ったり


主人と唯一ゆっくり喋ることができるときでもあるから


あれはどうなったの、これはこうしても良い?


とせわしなく情報交換や確認する場になり


とても、食べる事だけに集中出来ていませんでした。


子供達が幼稚園に行っている時も、どちらかといえば戦場メシといいますか


ゆっくり落ち着いて食べることなくスマホをいじったりのながら食べや


時間がなくて立って食べるなどが多く


今まで、ゆっくり集中して食べることが無かったことにとても新鮮でした。


ゆっくり素材ひとつひとつに向き合う時間。


あ、これは少し苦みがある。


こらはお醤油の味付けがする。


噛むとすぐなくなるなー、とか。


そういうことに一つ一つ静かに静かに向き合う時間。




まさに瞑想のような時間でした。


精進料理のナビゲーターである大福院の西ご住職が『いただきますは、私の命のためにあなたの命をいただきます、と言うことです』とおっしゃっていて


食と向き合うことは命と向き合うこと。


だと教えてくださいました。


つまり、毎日の食事づくりとは命と向き合うこと。


わたしは今まで命としっかり、向き合えていただろうかと反省ばかりです。


他の命をないがしろにすることは、自分の命をないがしろにしていると言うこと。


そのように感じます。悲しい


『今の時代みんな食べすぎ』ともおっしゃっていて本当にそうだな、と。


ゆっくり噛んで食べるとすぐお腹いっぱいになり

、実は不要な量だったと気づく事ができそうです。


また、今回裏方で素晴らしいなぁと思ったこと。


下げてきた食器に米粒1つ付いていない。

生ゴミが一切出なかったこと。


飲食店で長らく洗い場経験してきたので、それはすごく感動することでもありました。


洗い場では


生ゴミ処理がとても大変だからとてもスムーズに洗う事ができました。


もっと言うと過去の洗い場経験では油でギトギトのものを洗うのが1番大変


和食は油ものがほとんど出ないのが素晴らしい。


ステーキとかお客さまがとても喜ばれてますが、そのお皿はとても油でヌルヌルガーン


洗ってもなかなか落ちない


洗い場=腸内


そう考えると、和食がとても健康的な食べ物なのだとわかります。


精進料理のお作法では、お茶やたくあんを使って食器を最後にきれいにするのですが


裏方の人にも感謝や気遣いを感じられる本当に素晴らしい作法なんだなぁと実感しました。


残飯が出るのが当たり前だったのですが


それが当たり前じゃなかった。


今の時代がいかにおかしい


命をないがしろに扱っているのかがわかりました。


質が良いものを


集中して


少量をゆっくりよく噛んで感謝しながらいただく。


これが本来のスタンダードなのだと


気づく事ができました。


その方が身体に軸がしっくり通り


身体が軽く


頭も冴えて体調もよくなる。


食の向き合うことの素晴らしさに気づけて本当に良かったです。


今後とも実践がんばります!

(それが多分いちばん難しい)


がんばれ!私。


今日の結論


食と向き合う=命と向き合う