お寺のお山からのぞむ瀬戸内海。



こんにちは。


香川の真言宗のお寺に県外より嫁いだ『てらのママ』です。


幼児2人育児中です。


前回、寺嫁仲間の麻衣子さんのサロンメンバーたちのお陰で自分のみじめさを見つめていこうと覚悟を決めた(?!)てらのママです。





その流れから気付けたこと。


わたしは仕事では元気に働けるのに


家に帰ると動けなくなる自分を許せませんでした。


いつからだろう?


独身時代。


ひょっとしたら働き出してからかもしれない。


高卒だから、19歳の頃か。


1番最初は人材派遣の会社に登録して、結婚式や宴会などのホテルの配膳の仕事を始めました。


立ちっぱなし、歩きっぱなし、しかもストッキングとパンプスで。


身体に悪いよねーえー


繁忙期には11時間連続勤務なんてのもよくあった。

この仕事から社畜人生が始まった気がする。


身体が悲鳴を上げて、人間関係でもボロボロになって仕事をやめた。


たくさん、上司からなじられて心が何も感じられなくなるくらいまでになったのだ。


今ならわかるが


自分のみじめな現状を


認めたくなくて


感じたくなくて


現実を見たくなさ過ぎて


仕事に没頭していたことがよくわかる。


片付いてない狭い、実家が嫌い。


なので両親も潜在的に嫌い。


自分も嫌いだった。


そうか、この頃から


片付け出来ない

外に目を向けて異常なまでに没頭する

さらに家ではいろいろな事が出来ていない惨めな自分になる

さらに外に目を向けていく


負のループ癖があったのだなぁ泣き笑い


外で仕事に心血を注ぐことで、上司から認められ自分のねじれたアイデンティティをようやく感じられ、承認欲求が満たされて


社会から認められているような安心感を得ていた。


だから、自分の身体に鞭打って働くことを選択していた。


しかし、実家に帰ると片付いていないものたちに囲まれて


とたんに自己否定意識で埋め尽くされる。


動けなくなるのだ。

物理的に身体が。

気力が全く無くなってしまう。


当時はなぜ、外だとあんなに張り切って動けるのに家に帰ると動けなくる自分の理由がわからなかった。


家での自分を怠惰だと


責めて責めまくっていた時期もあります。


もちろん仕事で疲れているのもある。


でも、それ以上に片付いていない、吉野さやちゃん風に表現すれば未完了の者たちがあまりに溢れていて


惨めな自分を感じぜずにはいられない。


嫌すぎる泣き笑い


泥臭い、みじめな自分など1ミリも感じたくなかった。


つまり、家事や片付けをする母親のようにはなりたくなかったのだ。(しかも母親はモノを捨てられない溜め込む人)


母親の生き方なんて絶対に幸せじゃない。


私は絶対に違う生き方をしたい。


潜在意識にそう刷り込んであったみたい。


わたしの子供の頃に潜在意識に刷り込まれた最初の女性モデルがあまりに不幸せそうに感じた。


新しいものは受け入れない


自分に自信がなくて愚痴ばっかりの母親。


父親から馬鹿にされるような言動を取られていた母親。


父が大好きだったから、私も母親も馬鹿にしてしまっていた。


母は母で良いところが沢山あった。


父の物差しでは計りきれない良いところが沢山あったのだ。


子供の頃はそれが受け入れられなかった。


それをやっと今になって受け入れられることができるようになってきている。


ようやく雪解け。


吉野さやちゃん、麻衣子さんや智子さんのお陰です。

 






本当にありがとうございます。