こんにちはニコニコ



生きづらさからスピリチュアル好きが高じて四国のお寺に偶然嫁いだてらのママです。



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先日うちのお寺とは宗派は違うけど仲良くさせて貰ってるお寺に泊めさせてもらいました。



良い感じで肩の力が抜けた生活を味合わせてもらって


自分の思い込みに気づけたなと感じたことがありました。



わたしは、物によって良くも悪くもやり込みすぎるきらいがあるのですが


それが顕著に出てたのが食事づくり。


2人目の子が出来て手がかかるようになるまでは


1日3食でなるべく一汁三菜以上を作らなければならない、沢山の野菜を時間をかけてつくって摂取しなければならないと思い込んでて


それが出来ないと罪悪感感じちゃうような割と長時間キッチンに立ってるタイプでした。



「手の込んだものを作るのが正義」



とか思い込んじゃってたんだと思います。



今年に入って、自然栽培の玄米を食べるようになったら身体が元気になり


それまでのように、あんまり沢山野菜をしっかり摂る必要性を身体が感じなくなっていきました。



そして作る気力すら無くなっていきました。



でも、そんな自分に思考が追いつかず幼児2人かかえた主婦なんだからしっかり作んなきゃと焦るばかりで。



やっと今日何故か


子供のために作る物は手の込んだ料理じゃなきゃダメだ


という謎の思い込みがあったと気づきました。


そうじゃなきゃ子供が死んでしまうんだと。


それは恐怖心に近くて。


前世で何かあったんかもしれないですね。



でも、冷静に考えて子供の健康を思うならどんなに手の込んだ料理作っても、素材が良くないと意味ないことに気付きました。かけるべき時間を間違ってたな、と。



手の込んだ料理毎食作るより、いかに良い土から採れた野菜をいかに日にちを置かずに素材の良さやビタミンミネラルを失わず身体の消化や地球にとってベストな方法で摂るかにエネルギー注いだ方が子供が健康になるんじゃないの?と。


むしろ、素材を活かしたようなシンプルな料理の方が良いわけです。


料理にかけていた時間を、畑を耕す事に使った方がよっぽど子供の健康にとって良いわけです。


素材を活かすという意識が大事なんだと思ったら


なんだか肩の力が抜けました。


かけるべきエネルギー間違ってたと思いました。


とっても楽になれました。


子供のためと必死に握りしめてた無駄なものを手離せた気がします。


きっと、これはわたしの人生で色んなことに通じる。


ありがとうございました。




自然そのままなものの方がパワーがある。