相対性理論の天才物理学者のアインシュタインの言葉。

仏女 (ぶつじょ) 仏教入門OL

「現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれるものがある

とすれば、それは仏教です」

さらに、哲学者のニーチェは、

「仏教はキリスト教に比べれば、100倍くらい

現実的です。 仏教は、歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的

にものを考える宗教と言っていいでしょう。」

こんなに、評価の高い仏教。日本人にとって身近なはずで、あまりよくわかない。

なにがそんなに素晴らしいのか。

そんなに素晴らしいものならば、悩んでいる自分や他の日本人にも知って欲しいな。

今日も一歩だけ、仏教について知識が増えました。
日本では、お寺や神社はたくさんあるし、
仏壇も、神棚もある。

多分私の家のお葬式も仏教式だと思う。

だけど…

お友達が、やたらに信心深いと、創○学会とか、天理○とか
なにか入ってるのかな~

特に、私は過去に選挙前にお友達に何度も勧誘された苦い経験があるゆえ
ちょっとかまえちゃいます。

そういう宗教の根本にも仏教の考え方が入っているそうで、

それを否定するつもりもないし、心のよりどころがあるのはいいと思う。

だけど、そこに自分が参加する予定はなく。

自分にとっての心のよりどころになるものって、
日本人の私たちに一番身近なのは仏教なのかもしれない。

そこで、少しづつ勉強していこうかなと。
人付き合いを円滑にするためのハウツー本、どこの書店でも売れているようですね。

わたしも、15分以上 会話がとぎれない!とか、聞き上手になる本とか、また会いたいと思わせる本とか本当にたくさんの本を読んできました。


そして、恐ろしいことに気づきました。


ハウツー本を読んで、人への接し方のルールを知っているほど、相手へ寛容になれないということです。

挨拶・感謝・謝罪の言葉の大切さや、相手が話している時にはそれをさえぎらないとか、悩みを相談されたときに話の聞き方などを、よく理解しているつもりでした。
そして、それがあたりまえだと思うようになっていました。

(かといって、わたしがそれをきちんと実行できていたわけではないのです。)

しかし、逆に友人がそれを出来ないと、(あるいは知らない)

なんて、ひどい人。失礼な人。

と思ってしまうのです。頭の中にルールが入り込んでしまったために。

ハウツー本を読むと、自分にも他人にも厳しくなってしまう。



そんな些細なことより、その人のことが好きなら、寛容になるほうが、よっぽど人付き合いは円滑に進むのではないでしょうか。


「忙しくてしていたもので、確認がおろそかになり申し訳ありません」

「仕事、忙しくって・・・ごめん。行けなくなっちゃた」

 
・・・忙しい

 とっても便利な言葉でよく使ってしまいます。

だけど、ある時、大切な集まりに忙しくて欠席になってしまった。という人が。

その時には、そっか。大変だね。と返したのですが、正直 本当に忙しいの?

あなたの仕事より、わたしのほうがよっぽど忙しいのに・・。なんて

思ってしまうようになりました。


そして、気がついたのが忙しいという言葉は信頼を失う言葉であること。

よく、忙しいは 心を失うなんて言いますが、むしろ相手から心(信頼)を失ってしまうのものだと思うようになりました。


本当に忙し過ぎると、ミスも多発します。

忙しいという言葉で、言い訳することもあります。


出来ないことは断り、無理のないスケジュールで、生活したいものです。



 
せっかくの、休日があっという間に終わっていく。

昼過ぎまで寝て、適当に食べて、だらだらして、気づけば、もう夜。

部屋の片付けも、メールの返信もたまっている。

「忙しくしていて、返信遅くなってごめん><」

なんて・・・


忙しくなんかない。

今日一体 何をしたっていうんだろう。
こんな休日が続き【無気力】と検索してしまう。


そんな時に、オススメなのは、

【簡単 トイレ掃除】


無気力なのに、そんなこと面倒くさいと思われると思います。

だから、気合を入れる必要はなく。

トイレに入ったついでに、トイレットペーパーで便座などをささっと拭いたり、

トイレ用洗剤をざっと流し込む。


今日は、トイレ掃除をした!

小さな満足感が得る。




そして、いつもより、早く夜の準備をすることです。

ゆっくりお風呂に入る。

お風呂の電気を消して、無になる。




明日の予定を確認したら、それで良し。


おやすみなさい☆