伯母に母を預けて、ゆっくり眠れた朝。
いつものように私は6時前には目を覚ましていました。
下の方で物音がするので降りて行くと、伯母が朝食の準備をしていたのでお手伝いを申し出ると、
残り物で食べるからいいよ。との事。
夕べの母の様子を聞くと、夜中にトイレに行ったけど、トイレの明かりつけぱなしにしてわかるようにしてたから大丈夫だったとの事でした。
伯母と母の事や、今後の事を話していると寝室でゴソゴソする気配が。
覗いてみると布団で固まっている母。

私の事はわかったのか、ようやく起き上がり
とっくに目は覚めていたけど、ここが何処からわからなくて怖くて起きれなかった!
あなたの声が聞こえてきたから、少し安心した。
と。
この話を着替えをさせている間3.4回話し、
話を聞いた伯母から
誘拐されたとでも思った?
と聞かれると、真顔で思った!と言ってました。

母はどうやら、伯母の目覚ましの音で一緒に目が覚めたものの、隣で寝ていた人がわからず、
ましてや見慣れない部屋なので、寝ているウチに何処かに連れてこられた!
と思ったようです。

さらに、夜中にトイレに行ったけどそのまま目の前の和室を開けて寝ていた伯父に驚いた。との事。
確かに、夕べも和室を自分の部屋と勘違いしたり、洗面所が片付けていないと片付けていたり
いつもよりも混濁が見られてました。
伯母の認知症対策メニューの朝食を食べて、
帰る準備をしていると、おもむろに伯母が母に、
あなたせっかく美人なんだから、ちゃんと化粧しなさい!
と化粧を施してくれました。
荷物をまとめ、町田のバスターミナルで弟1と待ち合わせているので駅へ向かいます。
弟1と待ち合わせというと、しきりに弟1はまだかまだかと落ち着きません。
少し遅れて弟1合流。
すぐに飲み物を買いに行くと、ずっと後を目でおい、まだかまだかと

。
なんだかね。
弟1もとっくに40を超えたおじさんなんだけど。
母からみたらいつまでたっても心配なんだよね。
気持ちはわかる。
けど、それが弟1の負担になっているとはわからないよね。悲しいね母親って。
この旅行だって、何だかんだ言っても
弟1も一緒だから来たんだよね。
ようやくバスが来て、伯母との別れ。
涙する伯母に手を振り、母を見ると全く別の事に気を取られていました。
慌てて伯母に手を振るよう促すと、ニコニコと手を振っていました。
伯母の涙の意味もわからずに。

昔の母なら、ずっと伯母とおしゃべりしたりしていたのにね。
夕べ弟1が泣きながら言ってた
母ちゃんは死んだ。
もう、俺の知っている母ちゃんじゃない。
という言葉が耳に残って離れません。
でもね。私はある意味今の方が母は幸せかもしれない。と思っているんです。
ずっと父に怯え、お金の心配をし、浮気され
さらに娘と一つしか違わない人と再婚し、
子供まで作った父の事を許せない想いは、
深く暗く重く母の心に住み着いていました。
認知症初期は、父への恨みつらみが酷くて
福祉の方たちは一度発散させましょうと言って話させるのですが、思い出し恨みが酷くなる一方なので、それ以降父の話は思い出させない。
という方針に変えてもらいました。
今回、久しぶりにウチの息子にぶちまけたのですが、今では父の名前を聞いても?な感じで
あんなに深い嫌な記憶までも忘れられるなら
認知症になった今の方が幸せなのかもしれない。
と私は思っているのです。
そんな思いにふけっていると、羽田空港に到着。
お土産を買い、早めのお昼を食べていよいよ帰郷です!
ずっと起きて外眺めていました。
どうにか無事に到着。
とにかく、薬を飲んでいなかったせいもあり
ちょっと認知が酷くなっていました。
大抵の事は対策を考えていたのですが、
トイレの水の流し方が途中からわからなくなってしまったのには参りました。
都会は色んな水の流し方があるので訳が分からなくなってしまったようです。
なので、旅行中のトイレはまず水の流し方確認!
という事になりました。
もうね、大抵の事は驚かないようになってきつつあります。
帰宅してからの弟1からのライン⬇︎
使用前
使用後
お土産に買って、母と一緒に食べようと思ったフルーツケーキを、器に移してレンジでチンされたそうです。

最後にやってくれました。
う〜ん。認知症侮れない。
頑張れ弟!