今さらなのだけれども、1週間ほど前にブログ始めて8年が経っていた。
5年目くらいまでは、割と「ブログ開設◯年」みたいなことを気にしてたのだけれども、それを過ぎたあたりから、生活が忙しくなってたりで、割と、「気づいた頃には話題にあげられそうな時期を過ぎてた」って状態でした。
今年も、結構すっぽり忘れていたのですが、ふと思い出したので……。

8年か……高校入学したてだった人が、大学卒業して、社会人になるくらい?
割と、自分としてもいろいろあったけど、8年は長かったような短かったような。

度々書いていますが、歳をとると、時間の流れが早くなってくる。
多分、やらなきゃいけないこととか、やりたいことが増えて、時間に追われるからじゃないかなと思ってる。
ただ、先のことを考えてみると、これから先、今までの人生の倍程度仕事をして生きていくと考えると、長いなぁとも思ったり。
でも、仕事し出してから今までのことを考えてみると、割と、先の仕事人生も短いなと思ったり。
時間って不思議だよね。

なんとなく無為に過ごす時間を無駄に感じたり、ただ、無為に時間を過ごさないと体が疲れたり。

自分が今後何をしたいのか、自分がどうなりたいのか。
答えは出ないのだけれども、そんな言葉がふと頭をよぎる。

話が変わりますが、最近、結婚しない、結婚しても子どもを作らないって人が増えてるって言うじゃないですか。
これは完全に自論なのですが、原因は、子どもを作る以外に、自分を遺す手段を確立したからじゃないかなと思ってるのですよ。
たとえば文字であったり、絵であったり。
エロゲとかラノベとか、あれも、まあ、それで食事を食べている人たちからしたら仕事なんだけど、ある意味子どもを作ることと同じだよね。

こう、自分の書いたり描いたりしたキャラクターが、作品の中でそれぞれの人生を生きて、ときには二次創作で自分の手から離れることもあったり。

なんだか話がまとまらないですが、つまるところ、人って、何かの形で、自分を遺したいものだと思ってます。
それが自分の子どもであったり、文字であったり、絵であったり、そのへんは人それぞれでしょうが。
そうした、何かを遺したいって思いがありながらも、思ったものを遺せないってことに対しては、やっぱり、もどかしさというか、フラストレーションというか、そうしたものを感じるんじゃないかな。

始めの話からかなり脱線しましたが、ブログ8年目を期に、何かを表現するとか、何かを遺すとか、そうしたことについて、ぼんやりと考えた今日この頃。