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それから数日後、俺たちは地元の神社で開催される夏祭りに来ていた。少し離れた位置で行われる花火大会に合わせた日程で行われるため、参加者は花火大会の本会場にくらべると少ない。しかし、花火大会の会場までの足がない人や、人ごみを避けたい親子連れなどはこちらの夏祭りに参加するという形で、上手くすみ分けはできているようだ。俺たちも、足がないわけではないのだが、俺も瑠美も人ごみが苦手なこともあってこちらの祭りに参加することになった。
「おいしそうな匂いがするにゃー」
音子が瑠美の手提げ袋の中から顔をだし、率直な感想を述べる。そのまま連れてくることも考えたのだが、会場には少なくない人が参加することを考えて、瑠美の手提げ袋に入れて連れてくることになった。
「おー、あんまり食いすぎるものあれだけど、食いたいものがあったら言えよー」
「シンヤ、ふとっぱらにゃ!じゃあ、まず、あの白いもこもこしたやつがいいにゃ!」
綿菓子か。音子の体の大きさからして、3人で分けながら食べることになるが、綿菓子ならわけて食べることも簡単だし、無難な選択だろう。
「よし、じゃあ買いに行くとするか!」
「にゃー!」
「ふふっ、お兄ちゃんも音子ちゃんも、あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」
瑠美自身も、いつもより楽しそうな声で優しく俺たちを諭す。今日は音子だけでなく、瑠美も黄色地に花柄の模様が入った浴衣を着ている。さすがに瑠美の自作ではなく、市販の浴衣である。
「それにしても、買い物から帰ったらいきなり浴衣を出して『これ着て夏祭り行こう!』だもん。本当に驚いたよ。いつもなら買い物についてくる音子ちゃんが『今日はしんどいからかんべんにゃー』っていうから具合が悪いのかな?って心配したけど、こういうことだったのね」
「心配かけてすまなかったにゃー。でも、にゃーも一緒に選んだにゃーよ!どうかにゃ?」
「うん、すごくかわいいよ。ありがとう」
「いきなりシンヤが『瑠美に浴衣をプレゼントしたいから一緒に来てくれ!』だもんにゃ。にゃーもるみにはすごく世話になってるし、がんばって選んだにゃ!」
「お前、ダメだしばっかりだったじゃないか!」
「それはシンヤが『せっかくだし音子と同じ柄にするかー』とか言うからにゃ!まったく、シンヤには乙女心がわかってないにゃ!」
「まあまあ、お兄ちゃんもありがとう。すごくうれしいよ」
「お、おう。瑠美が喜んでくれたならうれしいよ」
「シンヤ、でれでれにゃ。それもいいけど、早くあの白いもふもふを食べるにゃー」
「わかってるよ。おじさん、綿菓子一つ」
「おう了解っ!おっ、ニイチャン彼女さんと一緒かい?そんならちょっとサービスしとくよ!」
「あ、いや、そういうわけでは……」
「恥ずかしがらなくったっていいんだよ!彼女にいいとこ見せときなってんだ!くぅ……俺も10年くらい前ならヨメを見せて『俺のヨメのほうがべっぴんだぜ!』っていうところだったんだがなぁ!よしっ、できたぞ!300円な!」
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ!二人で楽しんで行きな!」
いろいろと勘違いされてしまったが、雰囲気のいい人だった。稼ぎのいい本会場でなく、あえてこちらの祭りに参加するだけあって、本当に「祭りを楽しんでほしい」という人が多いのかもしれないな。それにしても……
「か、カップルと勘違いされちゃったね」
「ち、違うって言おうと思ったんだけどな。なんか、ごめんな」
「ううん、いいよ。それに、私は、お兄ちゃんなら別に……」
俺と瑠美との間に、なんともいえない空気が漂う。ピクニックのときといい、音子が家にきて以来、ときどきこういった空気になる。嫌な空気ではないのだが、どうしていいのか悩ましい空気だ。
「……いい雰囲気のところ悪いにゃーけど、その“わたがし”とやらをもらってもいいかにゃー……なんて」
「あ、ああ!よし、ついでに俺も食べるか!瑠美も食べるか?」
「う、うん!せっかくたくさんもらったんだしね!」

 


 
 
それからしばらく俺たちは屋台の食べ物屋を回り、花火が始まる少し前に神社の境内へと足を運んだ。小高い位置にあるこの境内からは花火がよく見え、俺たち以外にもちらほらと花火を見ようと訪れた人がいる。
「あと2分くらいか……ちょうどいい時間だな」
「たらふく食べたにゃー。もう動けないにゃー」
「お前は動かないだろ……。瑠美、音子を運んでくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。音子ちゃん、今日は楽しかった?」
「とても楽しかったにゃー。瑠美は楽しかったかにゃ?」
「うん、すごく楽しかった。お兄ちゃん、今日はありがとう」
「こちらこそ、おかげで楽しい時間になったよ」
 
〈ドドーン〉
 
話をしていると、花火が始まった。暗くなった空に、色とりどりの花火が舞い踊る。
しばらく俺たちは無言で花火を眺める。夜空に咲く、鮮やかな大輪。次々と新しい花火が打ち上げられる中、瑠美がつぶやいた。
「お兄ちゃん、花火が終わった後、少し休んでから帰らない?」
「そうだな。俺も屋台を回るのにも疲れたし。あ、今からでもそこの石段にでも座るか?」
そういって、俺は何人かの子どもが腰かけている石段を指す。
「ううん……いきなり行くとあの子たちにも悪いし、終わった後でいいよ」
まあ、瑠美がそういうなら終わった後でもよいだろう。
「るみ……」
「ん?なに?音子ちゃん」
「……いや……なんでもないにゃ。がんばるにゃーよ」
音子はなぜか真剣な面持ちで言う。
「うん……。音子ちゃん、ありがとう」
瑠美も音子につられて、真剣な声色で返す。休むのにがんばるというのもちょっとおかしな話なので、瑠美を気遣ってそれまで頑張れということだろう。

 


 
 
花火の後、俺たちは石段に腰かけていた。俺たち以外の観客は、皆帰宅の途についたようだ。8月ということもあり、この時間でもまだ暑さを感じる。
「さっきの繰り返しになるんだけど、今日はありがとう、お兄ちゃん。浴衣もうれしかったし、お祭りも花火もすごく楽しかったよ」
「瑠美にそう言ってもらえると、こちらとしてもうれしい限りだよ」
「それと、暑いのに、わがまま言っちゃってごめんね。それでね、最後にもう少しだけわがままを言ってもいいかな?」
「普段お世話になってるし、いくらでも言ってくれていいぞ」
「ありがとう。少し……少しの時間だけ、神社の境内の方に行きたいな」
「ん?何か気になることでもあったのか?」
「うん……」
「にゃーも行きたいにゃー」
人がいなくなったこともあり、音子は今瑠美の肩の上に乗っている。それにしても……あの神社、そんなに気になるものはあったかな?
「まあ、構わないよ。じゃあ、行けそうになったら言ってくれ」
「いや、もう大丈夫だから、行こう」
「うん?もう大丈夫なのか?まあ、瑠美が大丈夫って言うならいいけど」
 
それから神社の境内に戻る。すると、瑠美が少し屈み、音子を肩からおろした。瑠美は音子に何かを耳打ちし、音子も何かを耳打ちすると、音子はさっと拝殿に向かってしまう。
「って音子!どこにいくんだ!」
「私がちょっとだけ向こうに行っててってお願いしたの。勝手なことしてごめん」
「あ、いや、瑠美が言ったならいいんだけど……。でもどうして……」
「ごめん、それはあとで話す。それよりお兄ちゃん、これから話すことは、冗談とかじゃないから、そう思ってきいてね」
瑠美が、真剣な表情で告げる。
「まあ、瑠美が冗談を言うとはあんまり思わないけどな」
「うん……そうだね」
それから瑠美は目を閉じて深呼吸をし、少し間を置いた後、こちらを見て言った。
 
「私、お兄ちゃんのことが好きです。お兄ちゃんとしてだけじゃなくて、一人の男の人として。これから、ずっと一緒にいたいって思っています。だから、私と、付き合って下さい。私を、一人の女性として見てください」
 
一瞬、頭がマヒし、すぐに答えが返せなかった。
 
「いきなりこんなこと言ってごめん。こっちにきてから……ううん、昔から、ずっとお兄ちゃんと一緒だとすごく心地がよかった。こっちにきてからも、お兄ちゃんとして……家族として好きなんだと思ってた。でも、それだけじゃないんだって、最近、思うようになったの。音子ちゃんが来て、家族が増えて、音子ちゃんのことを『家族として』好きになって。でも、お兄ちゃんに対する好きとは、ちょっと違ったの。音子ちゃんとも、ずっと一緒にいたい。でも、お兄ちゃんとは、もっと近い存在として、ずっと一緒にいたいの。お兄ちゃんが許せばだけど、私は、お兄ちゃんの一番近くの人でいれればなと思います」
 
瑠美が落ち着いた静かな声でそう告げる。
「ご、ごめん、いや、そういう意味のごめんじゃなくて、ちょっと考える時間が欲しい」
俺は焦ってそんな言葉しか出せなかった。
「うん。いきなりこんなこと言っちゃったわけだから……。どんな答えだったとしても、私は大丈夫だから」
「ありがとう」
 
時間がもらえたこともあり、もう一度今の話を考える。瑠美が俺のことを、家族としてだけでなく、男の人として好き?俺はどうなんだろう……。瑠美のことを、家族として好きであるのは確かである。そして、音子は、俺にとっても「もう一人の家族」と言える存在になっている。瑠美と音子に対する「好き」は……同じなのか違うのか……。音子が抱きついてくるときは、子どもが抱きついてくるような、そんな気持ちがする。じゃあ、この前の公園での瑠美に膝枕をしてもらったときはどうだったか。さっき屋台で、瑠美のことを彼女だと勘違いされたときはどうだったか。少なくとも、「家族に対しての気持ち」とは、少し違ったと思う。……ああ、なるほど。そうか……俺は……瑠美のことが、一人の女性としても、気になっているんだ。
 
俺は、今考えたことを伝える。
「瑠美」
「は、はい」
「俺……瑠美のことが女の人として好きかどうかは、正直、まだわからない」
「うん」
瑠美の表情が少し曇る。
「でも、この前の公園のときも、今日の祭りでも、少なくとも『家族として好き』ってだけじゃないとも思う。思い返してみても、一人の女性として、気になってると思う」
「うん」
「だから……うん……こんなあやふやな気持ちで申し訳ないんだけど、瑠美がこんなあやふやな気持ちが嫌だってわけじゃなければ、一人の女性として、瑠美を見ていければと思う。だから、俺と付き合って下さい」
そういって、頭を下げる。……瑠美からの返事がない……。不安に思って顔をあげると、瑠美が瞳から涙を流していた。
「瑠美っ!?ご、ごめん、もしこんな気持ちじゃ嫌だっていうのなら、ばっさりと断ってくれても――」
「ううん、そうじゃないの……ぐすっ……お兄ちゃんが私を一人の女性として見ていたいって言ってくれたのがうれしくて……。本当は、断られるかなとも思ってたの。お兄ちゃんは、私のことをすごく大切にしてくれるけど、でも、それは妹して大切にしてくれてるんだと思ってた。だから……だから――」
瑠美は涙を流しながら、しかし、満面の笑みで言った。
「はい、それでもいいです。お兄ちゃん……私と、付き合って下さい」
「瑠美……」
そして俺たちは、どちらともなく顔を近づけ、そして、短い口づけを交わした。