音子との生活が始まって、何事もなく1ヶ月半ほどがたち、8月になった。
俺は相変わらずアルバイトの日々ではあるが、瑠美が長期休暇に入ったこともあり、ときどき、音子も含めて3人(2人と1匹?)で出かけるようになった。今日は、家の近くにある総合公園にピクニックに来ている。
総合公園は、その名の通り、広大な敷地にスポーツ施設やキャンプ場、広場などが多数存在している。また、一部の地域には植樹によって人工森林が作られている。昨今、都市の緑化に注目が集まっているだけに、産学官の連携でこの公園の整備を行っているとか。
そういった事情は置いといて、この公園は近隣の住民にとっては、レジャーなどで親しまれる身近な施設となっている。スポーツ施設やキャンプ場の利用には利用料がかかるが、広場や森林は無料で利用できることもあって、多くの人々が訪れる。今は夏休み中なので、子ども連れや学生グループの姿が目につく。
「よし、このあたりでいいか。じゃあ、さっそくシートをひくか」
俺たちもご多分にもれず、広場でのピクニックに来たわけだ。数駅離れた場所にある遊園地なども考えたが、金銭的に厳しそうだったので、こうして無料で楽しめる広場になった。
「ふー、疲れたー」
俺は、敷いたシートの上に荷物を置いて、その横で大の字になって寝転がる。
「シンヤ、おっさんみたいだにゃ……」
音子がジトッとした目でこちらを見る。
「ふふっ、まあ、お兄ちゃんはずっと荷物を持ってくれてたわけだから、ちょっと多めに見てあげよう、音子ちゃん」
「そうだそうだー、俺は荷物を持ってきたんだぞー」
「むっ、せっかくるみが『私も半分持つよ』って言ってくれたのに、『大丈夫大丈夫』って言って持ち続けたのはシンヤにゃ。それに、お弁当と水筒とシートくらいなんだから、そんなに重たくもなかったはずにゃーよ」
「まあまあ。お兄ちゃん、荷物を持ってくれてありがとう。ゆっくり休んでね」
「うぅ……瑠美は本当に優しいなぁ……。では、お言葉に甘えて」
俺は目をつむる。8月なので日照りは少しきつくはあるものの、涼やかな風もあり、それほど暑さは感じない。一言でいえば、非常にレジャーに適した環境である。
「にしても、ここは家の周りとくらべると涼しい気がするにゃ」
「森とか芝生とかのおかげで涼しいっていう話をきいたことがあるよ。だから、家の近くとくらべると、少し気温が低いんじゃないかな」
「風もあるしなー」
「ふむふむにゃ。あ、そうだにゃ!るみっ!ごにょごにょごにょごにょ……」
音子が瑠美に耳打ちしているが……何か悪だくみでもしているのだろうか……。まあいいや、騒がしくなるまでゆっくり休ませてもらおう……。
「……えっ?さ、さすがにそんなこと言えないよ……」
「シンヤは鈍感だからるみからアタックしないといけないにゃ。ほら、せっかくのチャンスなんだにゃ。ダメもとでも言ってみるにゃ」
「うぅ……恥ずかしいよ……」
「あわてているときは見てる方が恥ずかしいくらいのことを言ってるにゃ。ほら、言ってみるにゃ」
「うぅ……お、お兄ちゃん!」
「んー、なんだー?」
「わ……わたしが、ひ、ひじゃ、膝枕してあげるっ!」
「おー、そうかー、じゃあお言葉に甘えてー」
――ん?ちょっと待てよ?今瑠美は何て言った?えっと、「私が膝枕してあげる」だったか?で、それに俺は何て答えた?えーっと、「じゃあお言葉に甘えて」……。って、えぇ!?いや、ちょっと待て、ボーっとしてて適当に答えてしまったけど、それはさすがに!?
「るみ!気が変わらないうちに早くするにゃ!」
「じゃ、じゃあ……はい、どうぞ」
「る、瑠美、やっぱ今のなしで……」
そう言おうとする途中、とたんに瑠美の表情が曇る。
「えっ……。あっ、そ、そうだよね。ご、ごめんね変なこと言って」
「シンヤ……それはさすがにないにゃ」
音子が抗議の声をあげる。言われてみると、たしかに一回は了承したのにいきなり撤回だなんて失礼にもほどがある。
「……あー、そうだな。いったんお願いしたわけだからな。うん、瑠美、やっぱりおねがい」
そう言うと、瑠美は申し訳なさそうな顔をする。
「お、お兄ちゃん、気を使ってくれなくてもいいよ」
「いや、気を使っているわけじゃなくて……。その、なんだ……嫌とかそういうわけじゃなくて、なんとなく、こう、ちょっと恥ずかしい気持ちもあってだな……。だから……うん、瑠美が嫌じゃなければ」
俺は、自分の気持ちを正直に伝える。こういうときは、下手にごまかそうとするより自分の気持ちを正直に言ったほうがいいだろう。
「じゃ、じゃあ……こちらこそ……おねがいします……。はい。ど、どうぞ」
瑠美がレジャーシートの上で正座する。俺はその脚に頭をのせた。……や、やっぱり恥ずかしい……。太ももの感触とか、気にしてはいけないものがとても気になって頭から離れない。気にしないようにしようと上を見ると、近くに瑠美の顔があった。
「や、やっぱり恥ずかしいね、お兄ちゃん」
「そ、そうだな」
「……」
「……」
間がっ!間がもたないっ!顔の前には瑠美の顔、頭の後ろには太もも、前門の顔後門の太ももと言ったところである。目を開けたままだと瑠美の顔を気にしてしまうので、俺は目を閉じた。
目を閉じると、気恥かしさも少し和らぎ、気持ちも落ち着いてきた。
「平和だな」
俺はポツリとそうつぶやく。
「うん」
瑠美はそう返し、無意識なのか、俺の頭をさすりながら続ける。
「お兄ちゃんがいて、音子ちゃんがいて、私がいて……。それだけでも、私、すごく幸せなんだって思う。こんな日がずっと続けばなって思うよ」
「瑠美……」
俺は再び目を開けて瑠美を見る。
「お兄ちゃん……」
「……あー、いいところ悪いにゃーけど、にゃーのこと忘れてないかにゃ?」
「へ?あっ、そ、そんなことないよ!」
「そ、そうだな、大丈夫大丈夫。忘れてないって!」
「まあ、いいにゃーけどね。すっごくいい雰囲気にゃーね」
音子はにやーっとした顔で言う。
「ま、まあな」
「でも、せっかくだからにゃーもまぜてほしいにゃー!」
そう叫びながら音子が俺のところへダイブしてくる。音子はサイズも小さく、体重もそれと同じく軽いこともあり、ぽすんと俺の胸にのっかった。
「いやー、るみとシンヤが仲良くやってるのはにゃーとしてもとてもうれしいことにゃ。でも、にゃーのことも忘れないでほしいにゃー」
音子は俺の胸の上でごろごろする。
「だ、だから忘れてないって」
俺も、素直に、こんな日がずっと続けばなと思った。
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