「できたー!音子ちゃん!さっそく着てみて!」
俺が買い物から帰ってきて1時間ほどで1着目の音子の服が完成した。瑠美の手先の器用さには本当に驚く。作っている途中にそういうと、瑠美は「まあ、大きくないし、あまり凝ったものじゃないからー」と謙遜していたが、これは一つの才能だと思う。
「えっと……これはどう着るのかにゃ……」
「あっ、まずその白いやつを――」
瑠美が音子に着方を教えつつ、作った服を着せていく。事前に採寸をして作ったこともあり、サイズもばっちりのようだ。
「――で、最後に帯を締めて……。はい、これでばっちり!着心地とかはどうかな?」
「おぉ、なかなか快適だにゃ!あ、でも、ちょっとしっぽのあたりがきついかにゃ……」
「あ、そうか。音子ちゃんはしっぽがあったんだった。ということは、しっぽの出るすきまを用意した方がいいかなぁ……。でも、あんまり大きく開けすぎると中も見えちゃうし……。音子ちゃん、着てもらったところで悪いんだけど、ちょっと帯を取ってもらっていいかな。しっぽのサイズとかを測りたいの」
「無理を言ってすまないにゃ……。えっと、これをひっぱって……これをとって……とれたにゃ!」
「じゃあ、しっぽのサイズを測るね」
「にゃふ!るみ、くすぐったいにゃ」
「ご、ごめんね、ちょっとだけ我慢しててね」
瑠美と音子はすっかり打ち解けたようで、仲良くやっている。こうみていると、昔からの姉妹のようだ。なんとなく、ちょっと疎外感を感じる……。俺一人が男だということもあるだろうが……。って、何を考えているんだ、俺は!断じて寂しくなんかないぞ!
一人でそんなことを思っている間に、サイズを測り終わったようだ。瑠美は余った切れ端を切っている。
「ん?作った服の方に穴をあけるんじゃないのか?」
「いきなり服の方にあけてサイズが合ってないといけないからね。一度切れ端を使ってサイズを測ってみて、それから服の方にあけるって形でやっていくの。ちっちゃくあけちゃう分にはいいんだけど、大きくあけすぎちゃうといけないから。よしっ。音子ちゃん、これくらいのサイズだとどうかな。ちょっとしっぽに通してみてくれる?」
「うーん、ちょっとこれだときついにゃ……」
「ということはもうちょっとおっきくして――」
なるほどな。俺だったらいきなり服に穴をあけてしまうところだ。手先の器用さに加えて、こういった丁寧さがあるからこそ形があるものを作れるのだろうな。
「よしっ!これはどうかな?」
「おぉ、ばっちりにゃ!さすがにゃ!」
「よしっ!このサイズで大丈夫ね。じゃあ音子ちゃん、服の方にあけるから、あける高さとか横の位置を測るね……。えーっと、上がこのあたりで、横が……このあたりかな……音子ちゃん、しっぽってこのあたり?」
「うーん、もうちょっと上……な気がするにゃ……」
「じゃあ……このあたりかな?」
「おぉ、そのあたりにゃ」
「じゃあ、この位置であけるね。それじゃあ、ちょっと寒いかもしれないけど、脱いでもらってもいいかな?はい、脱いでる間に羽織るタオル」
「ありがとにゃ……シンヤ、何じーっとみてるにゃ?そんなににゃーの脱ぐところがみたいのかにゃ?」
「もうっ!お兄ちゃん!ちょっとむこう向いてて!」
「……っあっ、ああ、悪い悪い。ちょっとボーっとしてた」
俺はあわてて体の向きを変える。……って、別にマジマジと見ていたわけではないのだから、わざわざあわてる必要もなかったのではないか。あわてると、実は着替えを見ていたかのような感じに見えないだろうか。瑠美と音子があまりにも息ぴったりだったので、ついあわててしまったが……。本当に仲がいいなぁ……。
「それじゃあ、あと15分くらいかかるから、ちょっと待っておいてね」
「はいにゃ。それにしてもシンヤ」
「なんだ?」
「るみは本当にいいおよめさんにゃーね」
「ぶっ!?」
なななな、なにを言ってますかこの子はっ!
「ちょ、ちょっと音子ちゃん、何を……って痛っ!」
「瑠美!?」
俺はとっさに振り向く。すると、瑠美は指を押えていた。
「ご、ごめん、驚いて指に待ち針を刺しちゃって……」
「る、るみ……大丈夫かにゃ……」
音子はおろおろとしている。
「大丈夫か?まったく、音子、お前が変なこと言うから。あ、血がでてる」
俺はとっさに手をとり瑠美を水道までつれていき、手を水で流す。「お、お兄ちゃん!?大丈夫だから」と瑠美があわてた声をあげるが、気にしている余裕はない。
「音子、たぶんそこの棚のあたりに救急箱があるから、そこから傷薬と絆創膏を出しといてくれ。あと、傷口の消毒用にガーゼも」
「は、はいにゃ……えっと、救急箱……あ、これかにゃ。絆創膏と……傷薬傷薬……」
音子が必要なものを探している間、瑠美の傷口を水道の水で流す。いきなりのことで俺も少し慌てていたけれど、だいぶ落ち着いてきた。
瑠美は、普段はすごくしっかりとしているのだけれど、ときどきものすごく抜けているところがある。瑠美には少し悪いが、こうしたところがあるおかげで、俺も引け目を感じずに今の生活ができているのだと思う。
子どものころの瑠美は、抜けたところも多かったし、そしてなにより、本当に「お兄ちゃんっ子」な妹だった。常に俺の後ろをついてくるような、そんな子だった。俺が家を出るときも、「瑠美は俺がいなくても大丈夫だろうか」と心配になったほどだ。瑠美がこちらの学校に通うことが決まり、この家にきてもよいかという話をきいたときに、もちろん家事の楽さなども考えたが、俺は「昔の瑠美」のイメージが強かったので、言い方が悪いが「瑠美が一人暮らしなんてできるはずがない」と思って同居を承諾したところもある。
しかし、俺が家を出ている間に瑠美はすごく変わっていた。悪い意味ではなく、いい意味でだ。とてもしっかりした子になった。それこそ、今の生活が始まってすぐの間は、普段しっかりしているだけに「もう俺がいなくてもなんでもできるな」と思っていた。正直なところ、自分とくらべて“よくできるようになった”瑠美に、嫉妬していたとも思う。そして同時に、今の自分がそんな瑠美の足をひっぱるだけの存在でしかないのだとも感じて、申し訳ない気持ちでもあった。
しかし、生活を続けるうちに、「昔の瑠美らしい瑠美」が少しずつ見られるようになった。買い物に行って財布を忘れていたり、それこそ何もないところで躓いたり……。何度かこういうことがあってからは「しっかりしてきたとはいえ、やっぱり俺がみていて支えてあげないとな」と感じるようになった。他の誰かが支えていればよいのかもしれないし、特段誰かの支えがなくても、今の瑠美ならそれはそれでうまくやっていけるのかもしれない。だから、「支えてあげないとな」というのは、単なる俺のエゴなのかもしれないのだが。
「用意できたにゃー」
そんなことを考えていると、部屋から音子が声をかけてきた。
「よし、もう血も止まってるな。瑠美、向こうで消毒するから」
「お兄ちゃん……ごめんね、迷惑かけて……」
瑠美がしょげかえったようすでつぶやく。まったく、この妹は……。
「別に迷惑なんかじゃないよ。それを言ったら、俺の方が普段めちゃくちゃ迷惑をかけてるからな。俺が疲れてるときに家事を代わりにやってくれたり、買い物リストを作ってくれて生活費を抑えてくれたり、寝過ごしそうになったときに起こしてくれたり……瑠美にはすごく助けられてるよ。こういうことでもないと俺がお兄ちゃんらしいところが見せられないしな。返って、お兄ちゃんらしいところをみせることができてうれしいくらいだよ」
「お兄ちゃん……ありがとう、えへへ」
そういって、少しはにかむ瑠美。よかった、あんまり気落ちしてないようだ。
「るみ……本当に申し訳なかったにゃ……」
「音子ちゃん……ううん、あんまり気にしなくてもいいよ。それに、音子ちゃんのおかげで……」
瑠美がちらっとこちらをみる。
「ん?どうした?」
「な、なんでもないっ!だから音子ちゃん、あまり気にしないでね」
「るみがそう言うなら……わかったにゃ……」
(うーむ……やっぱり仲がいいなぁ……。俺が買い物に行っている間になにかあったのだろうか……)
……やっぱりちょっとさびしいものがあるかもしれない。
「シンヤー、ほらほら、すごいにゃー!」
そういって、音子はくるんと一回転する。アクシデントもあったが、それから少しして音子の服は完成した。淡い青に、水色の水玉模様の入った浴衣……よし、生地の選択は間違っていなかったようだ。浴衣らしい生地を選んではみたものの、実際に作った上でそれらしく見えるかどうかはまた別物なので、少し不安ではあったのだが、問題はなかったようだ。
「おー、ほんとばっちりフィットしてるな」
お世辞ではなく、まるで音子にあったサイズがもともと存在していたかのように思える。
「それは音子ちゃんのサイズを測りながら作ったもの。しっかりあったサイズになるよー」
瑠美はそういうものの、サイズを測っただけで服が作れるのであれば、誰だって自分の思いのままに服を作ることができるだろう。
「音子ちゃん、洗い替え用のものも作っておこうと思うんだけど、本当にサイズはそれで大丈夫?もしきつかったりしたら、次に作るほうで調整しようと思うんだけど」
「問題ないにゃー!むしろばっちりにゃ!」
「よかった。じゃあ、同じサイズで作っておくね」
そして、瑠美は2着目の浴衣の作成に取り掛かる。
「そういえば、夏の時期は浴衣でいいとして、冬はどうするんだ?」
「うーん……それはすごく悩んでるの。音子ちゃんのサイズになっちゃうと、私ではどうしても下着が作れなくて……。下着をつけずに、ズボンみたいな生地のしっかりしたぴったりする服を着ちゃうと、肌を傷つけちゃうと思うの。だから、半纏みたいな、浴衣の上にでも羽織ることができる服を作るか、もしくは丈の長いスカートとゆったりしたサイズの上着を作るかのどっちかにしようってところかな」
なるほど。いろいろと考えているみたいだ。
「でも、スカートと上着って……そんなに簡単に作れるものなのか?」
「やっぱりちょっと難しいかな……。昔お人形さん用に作ったことはあったけど、音子ちゃんは肌触りも気にしないといけなさそうだから、上に羽織れるもので考えたほうがよさそうかも」
「そっか、まあ、そのときになったら一緒に生地を見に行くか」
「うん、そのときはお願い」
「にゃーも一緒に行って選びたいにゃー」
「そうだね。そのときは一緒に行こうね」
こうして、音子が家に来た最初の一日が過ぎていった。