「で、これからにゃーはどうすればいいにゃ?」
「うーん、それを考えてるところ。正直なところ、俺一人で決められることでもないからな」
「ときどき『大家さんがダメって言うから、ごめんね』という人もいたにゃーけど、その大家さんとかいう人かにゃ?」
「いや、そっちはばれるまでおいとくとして、じつは――」
ぐー
「そういえば昨日から何も食べてなかったにゃ!」
「……まずはメシにするか……。何か希望は?」
「うーん、居候の身ですし、贅沢は言わないにゃ。なんでもいいにゃ」
「なんでもいいというのは、作る側にとってはつらいものなんだけどな。あ、そういえば昨日のハンバーグの残りがあるからそれをあたため――」
「ハンバーグはだめにゃっ!!!」
「うぉっ!?びっくりした。なんでもいいって言ったじゃないか!」
「猫はタマネギが食べられないんだにゃ!食べたらぽっくりにゃ!」
「むー、じゃあしゃけを挟んでおにぎりでもつくるか……」
「のりは巻かないでくれにゃ」
「え?海苔もだめなのかなのか?」
「うーん、すぐにぽっくりはいかにゃーけど、ずっと食べてると耳が腐り落ちてしまうにゃ」
グロテスクだな。朝起きたら猫の耳が腐り落ちているなど、想像したくない。
「わかった。じゃあそのまま大人しく待ってろ」
「にゃ!」
「えーっと、しゃけの切り身は……」
調理をしながら、今後の猫の食事について考える。とりあえず、タマネギとノリはだめらしいが、他のものはどうなのだろうか。今回はわかりやすいメニューだったから事前に確認できたものの、知らず知らずのうちに、食べさせてはいけない食材を食べさせてしまう危険性もあるだろう。猫の食べられないものを調べて、それを避けた料理をするという手もあるだろうが、無難にキャットフードを飼ってくるのが一番手っとり早いかもしれない。
いろいろ考えているうちに、しゃけがほどよく焼けた。あとはご飯にはさんで――
〈ガシャーン〉
「おい、そこの飛び回ってる黒いやつめ、にげるにゃ!にゃー!大人しくにゃーにくわれるにゃ!!!」
「お前は何をやっとんのじゃー!!」
部屋に戻ると、猫が蚊を追いかけている。あろうことか、体をくるんでいたタオルは脱ぎ捨てている。
「おい!そこの猫!脱げてる!脱げてるから!」
「そんなことよりこいつを捕まえるのが先にゃ!ねこの生存本能が捕まえて食えと訴えかけてくるんだにゃ!」
面倒くさい生存本能である。
「あー!もう!部屋がめちゃくちゃになるくらいなら蚊くらい逃がしても構わん!それに今食べ物作ってやってるだろ!ちょっと落ち着け!」
「はーなーすーにゃーー!!にゃーー!!!」
暴れる猫を捕まえる。もう、服を着てないから恥ずかしくて捕まえられないとか言っていられる状況じゃない。すぐにタオルにくるんで――
「ただいまー」
「っ!!?」
しまった!そろそろだとは思っていたが今このタイミングでかっ!??
「あれ?お兄ちゃん魚焼いてるの?今日は私が晩御飯作る日じゃなかっ……たっ……け」
妹は部屋に入って、俺をみて、手に持っていた買い物袋を落とす。荒らされた部屋。俺の手には、生まれたままの姿の、手のひらサイズの女の子(猫耳・猫しっぽつき)。……最悪だ……。
「おっ、お兄ちゃん……ふぃ、フィギュアを買って脱がしちゃうほど女の子に飢えてただなんて……。だ、大丈夫だよ!お兄ちゃんも男の人だもんね!そういうことに興味あるもんね!私は何も見てないよ!わ、私はまだ買い物の帰りってことにしておくからね!」
「……うん、ちょっと落ち着こうな、瑠美……。ちゃんと説明するから……」
さて、どうやってこの勘違いを解消すればよいのだろうか……。
「――というわけなんだ」
俺は、これまでに起こったことを一通り瑠美に説明する。
瑠美は俺の妹で今は一緒に暮らしている。ここからそう遠くない場所にある学校に通っており、進学が決まった際、住居費などの関係でうちから通うことになった。当時の俺は「家事で楽ができる」という気持ちなどで、二つ返事で了承したわけだ。しかし、最近は、よくよく考えると家族との同居とはいえ、自分以外の者との同居は気を使う部分もあるなと感じるようになった。まあ、実際、家事の負担は半減しているのは事実だが、そうしたことも含めれば、俺にとってのすごしやすさは、以前と比べてプラスマイナスゼロくらいだろう。いや、一人で過ごしていたときと比べて、団欒の時間がとれるようになったから、その意味でプラスか。
「それで、俺としては、追い出すのも気が引けるし、こいつをしばらくうちで飼ってやりたいと思うんだが……。ああ、俺ばっかり話しててごめん。何かききたいこととかは……といっても俺が答えられることは限られるわけだが……」
「お兄ちゃん……」
「ん?なんだ?俺で答えられることなら――」
「そんな言い訳を考えるくらい悶々としちゃってたんだね……。大丈夫、私は気にしないよ!むしろ私がいろいろ受け止めてあげるから!」
「いやいや、人の話聞いてなかったのか!?」
まあ、こんな話を聞いて「はいそうですか」と納得してしまう妹だと、それはそれで不安になるが……。しかし、勘違いの方向性が納得がいかない。俺は瑠美からそんな心配をされるような兄なのかと……。もともと、ちょっと暴走気味の妹ではあるのだが……。
「なあ、お前からも何か言ってやってくれよ」
そう猫に話をふる。まあ、実際にこいつにしゃべってもらった方、話が早いだろう。
「にゃ?そういうことなら、はじめましてだにゃ。ええっと……」
猫がすがりつくような目でこちらを見る。ああ、そうだった、こいつにはまだ瑠美のことを紹介してなかった。
「妹の瑠美だ。一緒に生活してる」
「ありがとにゃ。えっと、るみさん、はじめましてだにゃ。ただいまご紹介に預かりましたねこですにゃ。先程は助けていただきありがとうございましたにゃ。お兄さんにひっぺがされて、あと少しでとんでもないところになるところでしたにゃ……」
「なにを言っとりやがりますですかこいつは!?」
驚きで口調が変になってしまったじゃないか!
「お兄ちゃん……やっぱり……」
瑠美がかわいそうなものを見る目でこちらを見る。そんな目で見ないでっ!
「ご、誤解なんだ瑠美……」
「もう……もういいよお兄ちゃん……つらかったんだね……。大丈夫、何度も言ってるけど、私は気にしないから……」
ああ、どうしよう……いや、もうどうにもできない……。
「と、まあ冗談はこれくらいにするにゃ。るみさん、考えてみてほしいにゃ、こんなに上手に冗談を話す人形なんてないはずにゃ」
「た、たしかに」
「なるほど、普通に話しても『フィギュアかどうか』の勘違いをとけるかどうかはわからないからか。お前も案外よく考えてるんだな」
意外と賢い奴なのかもしれな――
「まあ、半分くらいはお前が困ってるのを見るのが面白いからだけどにゃ」
――ずるがしこい奴なのかもしれないな……。
「じゃあ、名前をつけてあげないとね。ほら、いつまでも『ねこ』っていうのもなんだし」
そう瑠美が提案した。
「ねこちゃん、なにか希望はある?」
「そう言われても、特に希望はにゃいかにゃぁ……」
「もうねこでいいんじゃないか?ひらがなだとさすがにあれだし、音に子どもの子と書いて『音子』とか」
「お兄ちゃん、さすがにそれは安直すぎるよ……。さすがにこのねこちゃんもそれは……」
「うーん、にゃーは特に希望もないから、好きに呼んでくれて構わないにゃ。箱の中にいたときも、『ねこ』と呼ばれることがほとんどだったしにゃ」
「ほら、こいつもこう言ってることだし。よし、『音子』に決定!」
「ま、まあ、ねこちゃんがそれでいいなら私もいいよ。ということで、改めて自己紹介をさせてね。私は藤山瑠美。お兄ちゃんの妹です。よろしくね、音子ちゃん」
「こちらこそよろしくだにゃ、るみ!」
「ほら、お兄ちゃんも」
「いまだに名前もきいてないしにゃ」
「ああ、そう言えば……。ということで、改めまして、瑠美の兄の藤山慎也です。よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしくおねがいしますだにゃ!シンヤ!」
不思議なことだが、こんな経緯で音子との生活が始まった。
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