「こちらこそ、よろしくおねがいしますだにゃ!シンヤ!」
 
俺の目の前で、猫耳と猫しっぽを生やした手のひらサイズの女の子が、元気よくそう言う。
どうして猫耳と猫しっぽを生やした女の子が目の前にいるのかだが、ことの始まりは、今から2時間ほど前に遡る……。
 

 


 

 
(うーん、最近雨ばかり……。そろそろからっと晴れてくれないと、思うように洗濯ができないのだが……)
 
俺はバイトの帰り道、傘を差していても雨粒が服を濡らしていく大雨の中、そんなことを考えた。
 
俺の名前は藤山慎也。しがないフリーターである。今日も今日とて仕事であり、今はその帰りである。そうでもなければ、こんな大雨の中、好き好んで外出などする人もいないだろう。今は梅雨も真っただ中の6月。ここ数日は、毎日雨の日が続いている。テレビでは毎年、夏の水不足を危惧する報道がされているが、今年に関してはその心配はないだろう。
 
(にしても、今日は一段とひどいな……)
 
今日は強い雨に加えて、雷まで鳴っている始末である。これは、しばらく洗濯ものを干したいという希望はかなわないかもしれない。少なくとも、今日のうちは無理だろう。
 
――にゃー――
「ん?」
そんなことを考えながら歩いていると、どこからともなく猫の鳴く声が聞こえてきた。
 
――にゃー――
あたりを見回してみると、電柱の脇に、ポツンと段ボール箱が置いてあった。箱を置いた人がかけたのか、それとも通りがかっただれかがかけたのか、雨を防ぐための傘が立てかけてあった。段ボール箱をのぞいてみると、予想通り、中には一匹の子猫がいた。
 
「にゃー、にゃー」
俺のほうを見て、すがるような声で鳴く猫。
しかし、俺はアパートに住んでいるため、基本的にはペットを飼うことができない。
「俺はお前を飼ってやることはできないんだよ、ごめんな。」
「にゃー……」
猫の表情が、心なしか沈んでみえる。
「ほんとにごめんな」
「にゃー」
何度も同じやり取りを繰り返してきたのか、猫は「まあ気にしないで」という表情で鳴いた……ような気がする。
「ほんとにごめん……じゃあ……」
「にゃー」
「ほんとに気にしないでくれていいからね」とでも言っているのか、あまり未練のないような顔(にみえる)で別れのあいさつをする猫。
俺は後ろ髪をひかれながら、その場を後にした。

 


 
 
――あれから数分後――
 
「あー!あの猫をそのままにしてきてよかったのだろうか……。でも、うちのアパートは近所に迷惑をかけたり部屋を傷つけるようなペットはダメって言われてるから、何かあったら大家さんに追い出されるかもしれないし……。でも、あのままだとあの猫は食べるものもなく死んじゃうかもしれないし……。」
 
いまだ勢い衰えぬ大雨の中を歩きつつ、盛大に悩んでいた。
 
「うーん、俺が連れて帰らなくても誰か親切な人が連れて帰ってくれるかもしれないし、そもそも俺が追い出されたらあの猫も住む場所がなくなってしまうわけだしな!俺が追い出されなかったとしても、猫を捨てなきゃいけなくなるかもしれないし、そうなったらあの猫をぬか喜びさせちゃうだけかもしれないし。……いや、でも、猫が賢かったり、大家さんが予想外に寛容だったりで、飼うことができるかもしれないぞ。いや、楽観的に考えすぎて、結局捨てろと言われたらどうするんだ。でも、そもそもあの猫があのまま誰にも拾われず、一人……いや一匹さびしく死んでしまったら……。あー!どうすればいいんだぁー!」
 
〈ドガッシャーーーーン!!〉
 
そんなことを考えていると、また一つ雷が落ちた。しかも、今回はかなり近い場所に落ちたようだ。
「って、あの場所は……」
さっきあの猫がいた、あの電柱の近くじゃないか!?

 


 
 
駆け足で先ほどの場所まで戻ると、そこには煙をあげる傘と黒こげになった段ボールがあった。電柱のそばとはいえ、地面に直接置かれた段ボールに雷が落ちる可能性は低いはずだが、傘が雷を集めてしまったのか、明らかに雷に打たれた様子である。しかし、あの傘がなければ猫は雨をしのぐことができなかったわけだから、傘をかけた人を非難することはできないのだが……。
 
「……って、そんなこと考えている場合じゃないっ!」
 
段ボールの様子を見る限りでは中の猫が無事とは思えないが、俺は段ボール箱の残骸に駆け寄る。そして、中を確認した。
 
「……なんだこりゃ?」
 
中に入っていたのは、猫耳と猫しっぽのついた、手のひらサイズの女の子だった。

  



 
  
「さて、どうしたものか……」
 
俺は目の前ですやすやと寝ている女の子(?)を見ながらつぶやいた。猫耳と猫しっぽを生やしており、漠然と、さっきの猫なのだろうとは思うが、ここでは女の子としておこう。結局、俺は箱の中の女の子を家に連れて帰った。傘と段ボールは雷のせいで原型をとどめておらず、雨を防ぐものが何もなかった。依然として雨足は強く、その上、なぜか女の子は生まれたままの姿だった(誤解のないように伝えておくが、今はタオルでくるんでいる)。季節は6月であり、むっとした暑さを感じる気温ではあるものの、雨にぬれたままだと確実に衰弱してしまっただろう。そして何より、二度も見捨てて帰ることができなかった。まあ、たとえ大家さんなどに見つかったとしても、この姿ならまさか猫だとは思われないだろう。「最新のフィギュアです」とでも言っておけばなんとかなるだろう。別の意味でだめかもしれないけれど。
 
目下の問題は、この女の子が本当にあの猫なのかどうかといったところだろう。まるでティンカーベルを思わせる手のひらサイズに加えて猫耳と猫しっぽ。猫耳と猫しっぽは起こさないようにはずれるか確かめたものの、外れる様子はなかった。これであの猫でなかったとしたら詐欺だろう。というか、あの猫でなかったとしたら、生まれたままの姿の女の子を家に連れて帰ったことになる。なんというか、言葉だけだと非常にあぶない感じだな。お巡りさんにお世話になりそうな言葉だ。まあ、この小ささだし、その心配はあまりないとは思うが。むしろ、そのまま説明するとお医者さんにお世話になるかもしれない。
 
「うにゃー……。……むっ?ここはどこだにゃ……」
そんなことを考えていると、女の子が目を覚ました。
「おう、起きたか」
「あ、さっき、雨の中で声をかけておきながら、結局声をかけるだけで帰って行った薄情な男の人だにゃ」
「……うん……それはすまなかった……。ということは、お前、やっぱりあのときの猫なのか?」
「うーん、あのときというのがにゃーの考えるあのときなのかどうかはわからにゃーけど、たぶんそうだと思うにゃ。まあ、あんまり気にしなくてもいいにゃ。にゃーもそんなに気にするなと言ってたにゃ」
驚いた。雰囲気こそ想像とは違うものの、本当にそう言ってたんだ……。
「うん、それでも、ごめん」
「うむ、まあ、そういう人が多かったから、あんまり気にしない方がいいにゃ。これ以上繰り返しても意味がにゃーのでここいらでこの話は終わりにするにゃ。ところで、ここはどこだにゃ?突然目の前がぴかっと光ってすごい音がしたと思ったけど、気づいたらここにきてたにゃ。なにがあったにゃ?」
「ええっと、一つずつ説明していくと、まずここは俺の家。さっきお前とあった場所から、歩いて10分くらいのところ。次に何があったかだけど、たぶん、雷に打たれたんだと思う。雷に打たれてたところを直接みたわけじゃないから、確実にそうだとは言えないけど……」
「ふむ、なるほどにゃ。ん?さっきとくらべて、なんかしっくり話が通じるにゃーね。さてはおみゃーも雷に打たれて猫語を解するようになったのかにゃ?」
「……俺が猫語を解するになったわけじゃなくて、お前が人語を解するようになったんだよ……たぶん。自分の姿を見てみろ……」
俺はそういって、立てかけてあったスタンドミラーを指さす。女の子……いや、猫と言った方がいいのか?まあ、女の子兼猫は、ミラーに映った自分の姿をみる。そして、自分の体を見下ろす。
「な?」
「………………な、どうなってるんだにゃーーーー!!!!!!というか、なんで裸にゃ!?うぇーーん、もうお嫁にいけないにゃー!!!よごされたにゃーー!!」
「っちょっ!?だからタオルでくるんでるだろ!?というかその前に、そんな、ご近所の皆様から変な噂がたちそうなことを大声で叫ぶんじゃなーーいっっ!!」
 
前言撤回。やっぱり見捨ててきた方がよかったのかもしれないな。
 

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