学習指導案作成後、また講話がありました。ここからは学級経営についてです。つまりクラス担任としてどういうクラスを作っていくかというテーマです。
まずこれまでの講話テーマが授業力とすれば、ここからは学級経営力ということになり、教師にはこの2つの力が必要という説明がありました。
さらに言うと、授業力<学級経営力であるとということだそうです。よい学級運営の上に授業が成り立つからというのが理由です。
そこからよい学級とはという話に進んでいくのですが、やはりここでも本質論が展開されていきます。授業同様、児童主体で動けるクラスがよい。しかし放任主義はいけない。ちょうどよい活気と秩序、このバランスが重要ということです。
そしてそのようなクラスを作るには、児童に対して共感的理解ができなくてはならないし、よいところを見つけてほめてあげることが大切と言われました。しかし迎合になってはいけない。ある程度毅然とした態度も必要ということで、「3分叱って、7分ほめる」のがポイントだということでした。
指導も集団に対するものと個人に対するものを区別しましょう。集団には厳しく、個人には共感的に対応するのがコツですとか、そういう話もありました。要するにバランス感覚が必要ということだと思います。
講話が終わると昼食休憩があり、午後からは5グループに分かれて1時間ほど事例討論をしました。テーマは「学級崩壊のクラスをどう立て直すか」で、あるクラスで学級崩壊が起こり、担任が休職、自分たちが代わりの担任として入ってきたという設定です。
特に話し終わった後にレポートを書くとかは課さないという説明だったので、思い思いに意見を交換しました。みなさん熱く語るかと思いましたが、意外と冷静で、具体的にどう対処するかをきちんと考えて発言していました。逆に私は結構自分の意気込みを語ってしまったので、話がかみ合わなくなってしまいましたが。
そして最後にレポートです。設問は「講話、討論を踏まえて、学級経営や小学校教育で大切にしたいこと」と論ずるというものです。これはもう締めくくりのまとめみたいなもので、児童が主役の学級という主旨で書けばOKだと思いました。時間は70分でB4用紙が配られましたので、表裏とも使って書いていきました。
以上で3次試験は終了です。締めのあいさつで進行役の主幹教諭の方が、3次試験は4年に1度回ってきて(学芸大学の付属小学校は、大泉のほかに竹早、小金井、世田谷があり持ち回りだと思われる)、そのたびにいろいろと考えながらプログラムを組んで自分たちも勉強になると感想を述べていました。そしてあらためて国立の学校は教育実験校であり、もし教壇に立つことがあれば、様々な研究授業を行っているので参加してほしいということも付け加えていました。
最後に事務のほうから、合否の通知は12/24以降に行いますという連絡があって解散となりました。
非常にあわただしい2日間でした。できればもっと色々なところに目配りして、小学校教育についてあれこれ考えを巡らせたかったのですが、試験のことが心配でそれどころではありませんでした。自分のときとは違う授業スタイルを見れて、非常に有意義な時間を過ごせただけにもっともっといろいろ吸収して帰りたかったというのが試験を終えての率直な感想です。
仮に自分がすでに教員免許を持っていて、3次試験が免除だとしても、受けた方がいいなと思わせるような中身の濃い試験でした。
修飾語をどう教えるか?いやどう学んでいって、何を身につけていくことが必要なのかを考えました。そこを本時の目標に書かないと授業の構想ができません。
ただの文法知識の習得でなく、ということは、いわゆる「日常生活に生きていく力」を養うという学習指導要領の主旨を踏まえたものでなくてはならないですし、講話でよい授業とはという話の中で児童が主体的に学べる授業ということもありました。
修飾語が日常生活に生きて働く場面……。わかりません。周囲では物を書くペンの音が一定のリズムを刻んでいます。他の受験生はすでに構想が固まって、順調のようです。私は深く考えすぎなのでしょうか。
とりあえず、児童主体の授業ということで、児童同士で修飾語を使ってやり取りをするシチュエーションをイメージしました。とこのとき不意に「これでいけるかな」と思い当たるものがありました。児童同士が話をする、正確に伝えるのは修飾語を使って詳しく説明することで可能になる。そういう目標が思い浮かびました。
そこで本時のねらいは、「修飾語を使って詳しく説明することによって、伝え合う力を高めよう」としました。
そして実際の展開ですが、導入で自分から児童に発問します。「目を閉じて、イメージしてください。校庭に児童がいます。それはどんな児童でしょうか。イメージできたらノートにできるだけ詳しく書きだしてください」。
次にノートに書いたものを発表しあいます。そうすると各自のイメージがまるで違う、様々な児童の姿が語られます。ここらへんは本当にその通りになるかはわかりませんが、そういう想定で指導案に書いていきます。
発表が終わった後で、人の思っていることは様々なので、言葉で詳しく伝えなくては共有できないことに児童が気づくことになるとしました。ここまでが導入です。
授業の基本構成は、導入とまとめが5分、展開が35分というものですので、導入が5分で終わらないかもしれないなと思いつつ、かといって書き直している時間もないので先に進めました。
展開では、ノートに書きだした修飾語を分類させるグループワークをします。この流れは、昨日観察した授業のパクリです。でも実際の先生の授業のやり方をまねるのが,事故(不合格)を起こさないやり方だと思います。もちろん独創性がないとみなされるリスクもありますが、時間が限られている以上、完成を最優先にしなくてはなりません。
そして分類することで、物事(名詞)を修飾する語と動作(述語)を修飾する語の2パターンがあることに気付くようにします。それができたら、実際に2人1組で修飾語を使って話をするペアワークをします。聞き手は質問をし、話し手はさらに詳しく説明するという形式です。
そして最後にまとめ、振り返りです。このときに児童から「修飾語を使うことで、相手にわかりやすく伝えることができました」「詳しく説明しないと、理解しあえないということがわかりました」という発言が返ってくると書きました。あくまで想定です。
このようにして伝え合う力を高める授業を実践するとして締めくくりました。時間ぎりぎりまでかかりましたが、昨日の修正指導案よりはやりやすかったです。これで山場は超えたと思いました。
ただの文法知識の習得でなく、ということは、いわゆる「日常生活に生きていく力」を養うという学習指導要領の主旨を踏まえたものでなくてはならないですし、講話でよい授業とはという話の中で児童が主体的に学べる授業ということもありました。
修飾語が日常生活に生きて働く場面……。わかりません。周囲では物を書くペンの音が一定のリズムを刻んでいます。他の受験生はすでに構想が固まって、順調のようです。私は深く考えすぎなのでしょうか。
とりあえず、児童主体の授業ということで、児童同士で修飾語を使ってやり取りをするシチュエーションをイメージしました。とこのとき不意に「これでいけるかな」と思い当たるものがありました。児童同士が話をする、正確に伝えるのは修飾語を使って詳しく説明することで可能になる。そういう目標が思い浮かびました。
そこで本時のねらいは、「修飾語を使って詳しく説明することによって、伝え合う力を高めよう」としました。
そして実際の展開ですが、導入で自分から児童に発問します。「目を閉じて、イメージしてください。校庭に児童がいます。それはどんな児童でしょうか。イメージできたらノートにできるだけ詳しく書きだしてください」。
次にノートに書いたものを発表しあいます。そうすると各自のイメージがまるで違う、様々な児童の姿が語られます。ここらへんは本当にその通りになるかはわかりませんが、そういう想定で指導案に書いていきます。
発表が終わった後で、人の思っていることは様々なので、言葉で詳しく伝えなくては共有できないことに児童が気づくことになるとしました。ここまでが導入です。
授業の基本構成は、導入とまとめが5分、展開が35分というものですので、導入が5分で終わらないかもしれないなと思いつつ、かといって書き直している時間もないので先に進めました。
展開では、ノートに書きだした修飾語を分類させるグループワークをします。この流れは、昨日観察した授業のパクリです。でも実際の先生の授業のやり方をまねるのが,事故(不合格)を起こさないやり方だと思います。もちろん独創性がないとみなされるリスクもありますが、時間が限られている以上、完成を最優先にしなくてはなりません。
そして分類することで、物事(名詞)を修飾する語と動作(述語)を修飾する語の2パターンがあることに気付くようにします。それができたら、実際に2人1組で修飾語を使って話をするペアワークをします。聞き手は質問をし、話し手はさらに詳しく説明するという形式です。
そして最後にまとめ、振り返りです。このときに児童から「修飾語を使うことで、相手にわかりやすく伝えることができました」「詳しく説明しないと、理解しあえないということがわかりました」という発言が返ってくると書きました。あくまで想定です。
このようにして伝え合う力を高める授業を実践するとして締めくくりました。時間ぎりぎりまでかかりましたが、昨日の修正指導案よりはやりやすかったです。これで山場は超えたと思いました。
2日目の予定は、午前が講話と学習指導案作成。午後が講話、事例討論、レポートとなっています。この日も内容は盛りだくさんですが、学習指導案作成が終われば、山を越えたと感じるだろうなと思いました。
講話に先立って、あらかじめ学習指導案を作るための単元計画書が配布されました。国語と算数で、どちらか1教科選択して、作成するということです。3次については、試験というより研修の雰囲気というネットの投稿を読みましたが、試験前にあらかじめ問題を配ってしまうことからしても、その通りだと思います。しかし繰り返しになりますが、だからと言って絶対落ちないというわけではなく、試験であることに変わりはありません。
この日の最初の講話は、「よい授業をつくる」でした。これからの授業は子ども主体で考える必要がある、だから教師のねらいと子どもの思いがいかにマッチングできるか、ここが難しいというような授業論です。今学校では「教え上手な先生」から「学ばせ上手な先生」であることが求められているというような話もありました。
全日程を通して講話は非常に為になる話ばかりでしたが、しかし当たり前のことを聞かされている感もなきにしもあらずでした。子どもが意欲的に学ぶ授業、子どもの心に残る授業を目指すという本質論的な話が多く、それをどう実現するかは今後の自分自身の努力にかかわってくるといえそうです。
講話が終わると休憩を挟んでいよいよ正念場です。すでに単元計画が配られているので、休憩時間に目を通します。私は当然国語を選択。指導事項は連体修飾語と連用修飾語という4年生の文法でした。
単元計画書といっても市販のワークブックのような感じのものです。説明が数ページあって、後ろに練習問題がついています。これが2コマ分の分量だそうで、2コマ目の授業を想定して書いてくださいということでした。
ちなみに、書くのは本時の目標と展開部分(導入・展開・まとめ)のみ。教材観や児童観はなくてよいということでした。また授業観察時に配布された指導案を見ながら作成してよいとのこと。
そして最後に「ただ説明して、問題を解くという授業はだめですよ」みたいなことを言われました。不合格にならないようにという配慮はいたるところでありましたが、結局どういう風に書けばいいのかは私にはわからないので、あまり役には立ちません。
試験時間は50分。考えている時間はないなと思いました。
講話に先立って、あらかじめ学習指導案を作るための単元計画書が配布されました。国語と算数で、どちらか1教科選択して、作成するということです。3次については、試験というより研修の雰囲気というネットの投稿を読みましたが、試験前にあらかじめ問題を配ってしまうことからしても、その通りだと思います。しかし繰り返しになりますが、だからと言って絶対落ちないというわけではなく、試験であることに変わりはありません。
この日の最初の講話は、「よい授業をつくる」でした。これからの授業は子ども主体で考える必要がある、だから教師のねらいと子どもの思いがいかにマッチングできるか、ここが難しいというような授業論です。今学校では「教え上手な先生」から「学ばせ上手な先生」であることが求められているというような話もありました。
全日程を通して講話は非常に為になる話ばかりでしたが、しかし当たり前のことを聞かされている感もなきにしもあらずでした。子どもが意欲的に学ぶ授業、子どもの心に残る授業を目指すという本質論的な話が多く、それをどう実現するかは今後の自分自身の努力にかかわってくるといえそうです。
講話が終わると休憩を挟んでいよいよ正念場です。すでに単元計画が配られているので、休憩時間に目を通します。私は当然国語を選択。指導事項は連体修飾語と連用修飾語という4年生の文法でした。
単元計画書といっても市販のワークブックのような感じのものです。説明が数ページあって、後ろに練習問題がついています。これが2コマ分の分量だそうで、2コマ目の授業を想定して書いてくださいということでした。
ちなみに、書くのは本時の目標と展開部分(導入・展開・まとめ)のみ。教材観や児童観はなくてよいということでした。また授業観察時に配布された指導案を見ながら作成してよいとのこと。
そして最後に「ただ説明して、問題を解くという授業はだめですよ」みたいなことを言われました。不合格にならないようにという配慮はいたるところでありましたが、結局どういう風に書けばいいのかは私にはわからないので、あまり役には立ちません。
試験時間は50分。考えている時間はないなと思いました。
午後は、まず講話で、このときに指導案の説明を受けました。といっても書き方というよりも指導案の意義とか必要性といったことに力点が置かれていましたが。
その後3年生の算数の授業観察です。この授業は9つの様々な三角形をグループ学習で、分類していくというもので、いわゆる公式を覚えて計算問題を解くという形とはかけ離れていました。
ここでも、児童の主体的学習が軸になっていて、どういう観点で分類するかは、話し合いながら自分たちで見つけ出していきます。
授業では意表を突くような観点も飛び出して、45分では意見がまとまりきらないほどの盛況ぶりでした。一言でいうと、自分が受けていた授業形式とは全くの別物です。しかしこれが学習指導要領に書かれた生きる力、すなわち自ら学び、自ら解決する力を身につけるための授業を忠実に実践しているということなのでしょう。
昔は学校の授業も塾の授業も形式は同じ一斉指導方式。塾の方がスピーディで効率的なんて言われて、学校関係者が塾の授業を見学したり、塾の手法を取り入れたりということもありましたが、今は両者の役割は完全に違うなという印象を受けました。
さて、実習研修室に戻ると、観察授業を担当した先生方を招いて、質疑応答をした後、いよいよ修正指導案の作成に入りました。
時間は50分。修正個所を書き加えた指導案を作るとともに、なぜそのような修正をするのかの理由を別紙に書くというものでした。国語と算数のいずれかを選択し、授業記録シートのみ参照可となりました。
私は国語を選択。模造紙に分類結果を発表し、他グループから評価してもらう学習をすることで、効果的に見せるように書く力が高まり、分かりやすく伝えることができるというようなことをを付け加えた方がよいということを書きました。
こんなことは担当した先生もわかっているとは思います。もしそれも付け加えたら、45分では収まりきらないとか、そういう判断が働いていると思います。しかし他に修正案が思い浮かばなかったので、そう書くしかありませんでした。50分は意外に短く、苦戦しましたが、解答用紙は埋めきることができました。
1日目はこれで終了。2日目は、午前中に学習指導案の作成があり、午後は討論とレポートがあります。山場はもちろん午前の学習指導案です。
本当は家に帰ったあとに指導案の勉強がしたかったのですが、腰痛がひどく、横になっていないと辛い状態でした。年のせいか、年々体力が落ちていきます。今年合格しないともう来年もう一度1次から受けなおす余力はないなと切実に感じました。
その後3年生の算数の授業観察です。この授業は9つの様々な三角形をグループ学習で、分類していくというもので、いわゆる公式を覚えて計算問題を解くという形とはかけ離れていました。
ここでも、児童の主体的学習が軸になっていて、どういう観点で分類するかは、話し合いながら自分たちで見つけ出していきます。
授業では意表を突くような観点も飛び出して、45分では意見がまとまりきらないほどの盛況ぶりでした。一言でいうと、自分が受けていた授業形式とは全くの別物です。しかしこれが学習指導要領に書かれた生きる力、すなわち自ら学び、自ら解決する力を身につけるための授業を忠実に実践しているということなのでしょう。
昔は学校の授業も塾の授業も形式は同じ一斉指導方式。塾の方がスピーディで効率的なんて言われて、学校関係者が塾の授業を見学したり、塾の手法を取り入れたりということもありましたが、今は両者の役割は完全に違うなという印象を受けました。
さて、実習研修室に戻ると、観察授業を担当した先生方を招いて、質疑応答をした後、いよいよ修正指導案の作成に入りました。
時間は50分。修正個所を書き加えた指導案を作るとともに、なぜそのような修正をするのかの理由を別紙に書くというものでした。国語と算数のいずれかを選択し、授業記録シートのみ参照可となりました。
私は国語を選択。模造紙に分類結果を発表し、他グループから評価してもらう学習をすることで、効果的に見せるように書く力が高まり、分かりやすく伝えることができるというようなことをを付け加えた方がよいということを書きました。
こんなことは担当した先生もわかっているとは思います。もしそれも付け加えたら、45分では収まりきらないとか、そういう判断が働いていると思います。しかし他に修正案が思い浮かばなかったので、そう書くしかありませんでした。50分は意外に短く、苦戦しましたが、解答用紙は埋めきることができました。
1日目はこれで終了。2日目は、午前中に学習指導案の作成があり、午後は討論とレポートがあります。山場はもちろん午前の学習指導案です。
本当は家に帰ったあとに指導案の勉強がしたかったのですが、腰痛がひどく、横になっていないと辛い状態でした。年のせいか、年々体力が落ちていきます。今年合格しないともう来年もう一度1次から受けなおす余力はないなと切実に感じました。
授業観察記録シートの書き方の説明が終わると、実際の授業見学です。午前中は5年生の国語で、話し合いをして、グループの意見をまとめる授業でした。
教室に入ると、我々受験者は、室内を壁越しに取り囲むようにして参観します。この間立ちっぱなし。そのとき私はバインダーを忘れたことに気づきました。他の人は立って書けるように回覧板のようなボードに授業記録シートを挟んでペンを走らせていきます。
私はバインダーと聞いて、資料を挟むためのものと勘違いし、A4サイズの紙ファイルを持ってきてしまったのでした。不便ですがファイルを下敷きにするしかありません。
授業はまず、今日やることや目標の確認をします(導入)。その後グループごとに取材してきたことを分類、整理して、模造紙に整理していくグループワークをしていきます。
そして授業の最後に振り返りをして、何を理解したか、この場合では話し合いをするときに大切なことを発表して締めくくります。
なるほど、学習指導要領のたしか総則だったと思いますが、授業は見通しを立てたり、振り返りを行うことと書いてあったなと思いました。そして児童主体の学習形式。一斉指導で知識を注入していくやり方はとらない。これもまた学習指導要領に書かれていることだと思いました。
そういえば、講話の中で、副校長先生が「国立の小学校は決して進学校ではありません。我々は教育実験校と考えてます」と言っていました。それで学習指導要領に書かれたことに忠実に実践しているのかと合点がいきました。これが私立と国立の違いというわけです。
午前中はこれで終了です。しかし45分間立ち続けていたせいで、また疲労性の腰痛を発症してしまいました。
教室に入ると、我々受験者は、室内を壁越しに取り囲むようにして参観します。この間立ちっぱなし。そのとき私はバインダーを忘れたことに気づきました。他の人は立って書けるように回覧板のようなボードに授業記録シートを挟んでペンを走らせていきます。
私はバインダーと聞いて、資料を挟むためのものと勘違いし、A4サイズの紙ファイルを持ってきてしまったのでした。不便ですがファイルを下敷きにするしかありません。
授業はまず、今日やることや目標の確認をします(導入)。その後グループごとに取材してきたことを分類、整理して、模造紙に整理していくグループワークをしていきます。
そして授業の最後に振り返りをして、何を理解したか、この場合では話し合いをするときに大切なことを発表して締めくくります。
なるほど、学習指導要領のたしか総則だったと思いますが、授業は見通しを立てたり、振り返りを行うことと書いてあったなと思いました。そして児童主体の学習形式。一斉指導で知識を注入していくやり方はとらない。これもまた学習指導要領に書かれていることだと思いました。
そういえば、講話の中で、副校長先生が「国立の小学校は決して進学校ではありません。我々は教育実験校と考えてます」と言っていました。それで学習指導要領に書かれたことに忠実に実践しているのかと合点がいきました。これが私立と国立の違いというわけです。
午前中はこれで終了です。しかし45分間立ち続けていたせいで、また疲労性の腰痛を発症してしまいました。
まずオリエンテーションということで、試験日程表をもとに試験の流れの説明がありました。それによると、1日目は、講話、授業観察(国語、算数)、観察した授業の質疑応答会、修正指導案となっていました。修正指導案を書く前には、指導案作成の解説もあるということです。
講話を担当する副校長先生が、「どうか緊張しないでください」と言ってくれました。授業記録の取り方や指導案の書き方も説明しますとも言いました。噂通り落とそうとする試験ではなさそうです。だからといって絶対落ちないということではありませんが、とりあえず初心者向けのプログラムになっていると考えてよさそうです。
さて、最初の講話は、授業の構成についてでした。といっても難解な話ではなく、「導入・展開・まとめ」という骨組みの中で、どう授業を進めるかというものです。
授業では、目標をあらかじめ明確にし、授業の最後でそれが身につけられたかどうか、児童が何を身につけられたのかに注意を払う必要があるというような説明が進んでいきます。学習指導要領を読み込んでいる身としては、聞いたことのある話という感じで、ふむふむと聞いているうちに話が終わってしまいそうです。
しかし、指導に係わる事項と言えば、学習指導と生活指導の二本立てでしょうから、授業の行い方を説明するというのは、必須事項だとは思います。
講話が終わると、授業記録のシートが配られました。この後観察する授業について、教師の発問や児童の反応を書き取るためのものです。また観察予定授業の学習指導案も配布されました。
そして「記録を取るときは、ここがいいなと思ったところや自分ならこうするという点をマークしておいてください。それが修正指導案作成につながります」とのこと。
ヒントをもらっているということなんでしょうけれど、初心者の私にはここを直した方がいいなんて部分を見つけられるとは思えません。かえって不安が増してくるばかりでした。
講話を担当する副校長先生が、「どうか緊張しないでください」と言ってくれました。授業記録の取り方や指導案の書き方も説明しますとも言いました。噂通り落とそうとする試験ではなさそうです。だからといって絶対落ちないということではありませんが、とりあえず初心者向けのプログラムになっていると考えてよさそうです。
さて、最初の講話は、授業の構成についてでした。といっても難解な話ではなく、「導入・展開・まとめ」という骨組みの中で、どう授業を進めるかというものです。
授業では、目標をあらかじめ明確にし、授業の最後でそれが身につけられたかどうか、児童が何を身につけられたのかに注意を払う必要があるというような説明が進んでいきます。学習指導要領を読み込んでいる身としては、聞いたことのある話という感じで、ふむふむと聞いているうちに話が終わってしまいそうです。
しかし、指導に係わる事項と言えば、学習指導と生活指導の二本立てでしょうから、授業の行い方を説明するというのは、必須事項だとは思います。
講話が終わると、授業記録のシートが配られました。この後観察する授業について、教師の発問や児童の反応を書き取るためのものです。また観察予定授業の学習指導案も配布されました。
そして「記録を取るときは、ここがいいなと思ったところや自分ならこうするという点をマークしておいてください。それが修正指導案作成につながります」とのこと。
ヒントをもらっているということなんでしょうけれど、初心者の私にはここを直した方がいいなんて部分を見つけられるとは思えません。かえって不安が増してくるばかりでした。
試験当日。遅刻厳禁ということで、朝はかなり早めに出ました。事故があって遅延証明を出しても受けられるかどうかわかりません。長すぎる歳月を経て、ここまで来て失格となっては、立ち直れないかもしれません。
また時期は11月中旬。そろそろ冷え込みが厳しくなるころです。案内には指定はありませんでしたが、スーツ着用で行くことになります。暖房がない学校はないと思いますが、用心のためにまたウールのインナーパンツをはきました。寒くて試験に集中できなかったというのでは困りますので。
試験場は、自宅から直通電車で20分くらいのところにありました。途中事故等もなかったので、受付開始の8時10分より30分も前に到着してしまいました。校門のところには守衛さんらしき方が立っていました。すでに登校してくる児童・生徒もいます。
しばらく遠巻きに校門の様子をうかがっていましたが、試験の看板が出ているわけでもなく、受験者らしい人が現れるでもありません。急に不安になって、本当に今日が試験日なのだろうかと携帯のカレンダーと3次の案内書の日程を見比べて確認したりと落ち着かない時間が過ぎました。
暇を持て余したので、近辺を歩いて回りました。周囲の環境は静かな住宅街といった感じで、学習環境としては非常にいいところだなと感じました。
ところで国立の小学校はどういうところなのだろうか?と思いました。自分自身は公立小学校出身で小学校周辺に住む子どもが通う雑多な環境でした。
国立小学校と言えば、思いつくのが入試です。まず入試を受ける前に抽選を行うという独特なシステムを取っています。さらに付属の中学校、高校があるにもかかわらず、私立のような内進制度はなく、一般入学と同じく入試を突破しないと進学できないという話も聞きます。
こうしてみると、国立志望の人は、私立との併願を念頭に置くだろうから、たぶんそれなりに教育熱心な家庭の人が集まってくるのだろうと思いました。また付属池田小児童殺傷事件で、犯人がそこに通う児童の恵まれた生活環境を妬んで犯行に及んだという動機を考えれば、公立の小学校とは雰囲気は違うのだろうなと思いました。
そんなことを考えているうちに、受付開始時間が来ましたので、校門まで戻って守衛さんに受験票を見せました。守衛さんは入って左手奥のテーブルを指し示しました。そこには会議室によくあるテーブルがあり、数名の試験官が立っていました。
そこへ行って出席の確認を済ませ、名札を受け取りました。そして校舎の裏手を回って実習研修室へ行くように指示されました。
言われた通り行くと、校舎の裏側は校庭になっていて、児童がボール遊びをしていました。授業前にこんな時間があるのかとちょっと驚きました。少なくとも自分の場合は、登校したら上履き履いてすぐ教室へという流れでしたので、新鮮な光景でした。
校庭を横切ると、古びた建物が見えてきました。そこが指定された実習研修室です。中に入るとすでに多くの受験者が着席していました。8時くらいには受付が開始していたのでしょう。座席表を見ると、受験者数は40名で、大半は学生。私のようなアラフォー社会人は数名程度でした。
室内は古びた外観同様、薄汚れた壁のある古びた会議室みたいな感じでした。しかし天井には大型モニターが据えつけれていました。予想通り、室内は寒い状況で、厚着をしてきたのは正解でした。女性の方は膝に毛布を掛けている人もいたくらいです。もちろん暖房が入ってないわけではないのですが、効きが悪かったです。
8時半。今回の試験の進行を務める年配の女性主幹教諭と副校長が入って来ました。いよいよスタートです。
また時期は11月中旬。そろそろ冷え込みが厳しくなるころです。案内には指定はありませんでしたが、スーツ着用で行くことになります。暖房がない学校はないと思いますが、用心のためにまたウールのインナーパンツをはきました。寒くて試験に集中できなかったというのでは困りますので。
試験場は、自宅から直通電車で20分くらいのところにありました。途中事故等もなかったので、受付開始の8時10分より30分も前に到着してしまいました。校門のところには守衛さんらしき方が立っていました。すでに登校してくる児童・生徒もいます。
しばらく遠巻きに校門の様子をうかがっていましたが、試験の看板が出ているわけでもなく、受験者らしい人が現れるでもありません。急に不安になって、本当に今日が試験日なのだろうかと携帯のカレンダーと3次の案内書の日程を見比べて確認したりと落ち着かない時間が過ぎました。
暇を持て余したので、近辺を歩いて回りました。周囲の環境は静かな住宅街といった感じで、学習環境としては非常にいいところだなと感じました。
ところで国立の小学校はどういうところなのだろうか?と思いました。自分自身は公立小学校出身で小学校周辺に住む子どもが通う雑多な環境でした。
国立小学校と言えば、思いつくのが入試です。まず入試を受ける前に抽選を行うという独特なシステムを取っています。さらに付属の中学校、高校があるにもかかわらず、私立のような内進制度はなく、一般入学と同じく入試を突破しないと進学できないという話も聞きます。
こうしてみると、国立志望の人は、私立との併願を念頭に置くだろうから、たぶんそれなりに教育熱心な家庭の人が集まってくるのだろうと思いました。また付属池田小児童殺傷事件で、犯人がそこに通う児童の恵まれた生活環境を妬んで犯行に及んだという動機を考えれば、公立の小学校とは雰囲気は違うのだろうなと思いました。
そんなことを考えているうちに、受付開始時間が来ましたので、校門まで戻って守衛さんに受験票を見せました。守衛さんは入って左手奥のテーブルを指し示しました。そこには会議室によくあるテーブルがあり、数名の試験官が立っていました。
そこへ行って出席の確認を済ませ、名札を受け取りました。そして校舎の裏手を回って実習研修室へ行くように指示されました。
言われた通り行くと、校舎の裏側は校庭になっていて、児童がボール遊びをしていました。授業前にこんな時間があるのかとちょっと驚きました。少なくとも自分の場合は、登校したら上履き履いてすぐ教室へという流れでしたので、新鮮な光景でした。
校庭を横切ると、古びた建物が見えてきました。そこが指定された実習研修室です。中に入るとすでに多くの受験者が着席していました。8時くらいには受付が開始していたのでしょう。座席表を見ると、受験者数は40名で、大半は学生。私のようなアラフォー社会人は数名程度でした。
室内は古びた外観同様、薄汚れた壁のある古びた会議室みたいな感じでした。しかし天井には大型モニターが据えつけれていました。予想通り、室内は寒い状況で、厚着をしてきたのは正解でした。女性の方は膝に毛布を掛けている人もいたくらいです。もちろん暖房が入ってないわけではないのですが、効きが悪かったです。
8時半。今回の試験の進行を務める年配の女性主幹教諭と副校長が入って来ました。いよいよスタートです。
3次試験は、1次試験や2次試験にも増して情報源が少ないのが実情です。合格者の中には3次免除の方もいますし、そもそも各大学で実施する事項は異なり、試験日も各大学指定の日になり、バラバラです。
3次試験は、まず不合格になることはないという話ですが、不合格者がいなかったわけではないようです。
学習指導案についても再生指導案なので、授業をきちんと見ておけば書けるという話です。しかしこの授業をきちんと見ておけばといってもどこを見ておけばよいのか。そもそも指導案を書かなければ、授業のどの点がポイントで、何を指導案に書くかはわからないと思います。まさか一言一句漏らさずメモして、それを全部指導案に書くというわけにもいかないでしょうし。
さらに学習指導案は、これという画一的なフォーマットがあるわけでなく、各学校によってまちまちだということです。
東京の教員研修センターのウェブサイトに学習指導案の例が掲示されていますが、それが当日の試験と同じものなのかは判然としません。
指導案を練習で作ってみるのも手ですが、それをチェックしてもらえる人の当てがあるわけでもありません。
また指導案を作る科目が何になるかは当日にならないとわかりませんし、さらには何年生になるかもわかりません。特に生活科は小学校時代に受けたことのない科目です。いったいどういう授業になるのかさえわかりません。
本当に不合格はまずない試験なのだろうか?疑念がどんどん広がっていきます。できることと言えば全科目の指導案例をまんべんなく見渡して、少しでも予備知識をつけておくことくらいでしょうか。
2次試験直後から準備していれば、と唇をかむことになってしましましたが、こうなるともう不合格者は出ないという情報を信じるしかありません。
それよりも3次試験は遅刻厳禁。1分でも遅れたら受験資格を失うという厳しさです。コンディションだけは十分に注意して、前日は会社を早退することにしました。
こうして、万全の準備ができないまま3次試験に突入することになりました。
3次試験は、まず不合格になることはないという話ですが、不合格者がいなかったわけではないようです。
学習指導案についても再生指導案なので、授業をきちんと見ておけば書けるという話です。しかしこの授業をきちんと見ておけばといってもどこを見ておけばよいのか。そもそも指導案を書かなければ、授業のどの点がポイントで、何を指導案に書くかはわからないと思います。まさか一言一句漏らさずメモして、それを全部指導案に書くというわけにもいかないでしょうし。
さらに学習指導案は、これという画一的なフォーマットがあるわけでなく、各学校によってまちまちだということです。
東京の教員研修センターのウェブサイトに学習指導案の例が掲示されていますが、それが当日の試験と同じものなのかは判然としません。
指導案を練習で作ってみるのも手ですが、それをチェックしてもらえる人の当てがあるわけでもありません。
また指導案を作る科目が何になるかは当日にならないとわかりませんし、さらには何年生になるかもわかりません。特に生活科は小学校時代に受けたことのない科目です。いったいどういう授業になるのかさえわかりません。
本当に不合格はまずない試験なのだろうか?疑念がどんどん広がっていきます。できることと言えば全科目の指導案例をまんべんなく見渡して、少しでも予備知識をつけておくことくらいでしょうか。
2次試験直後から準備していれば、と唇をかむことになってしましましたが、こうなるともう不合格者は出ないという情報を信じるしかありません。
それよりも3次試験は遅刻厳禁。1分でも遅れたら受験資格を失うという厳しさです。コンディションだけは十分に注意して、前日は会社を早退することにしました。
こうして、万全の準備ができないまま3次試験に突入することになりました。
11月の第2週目の週末がやって来ました。私は結果通知書を見るタイミングをいつにするかというくだらないことで頭を悩ませていました。
これまでずっと土曜日に届いていたのですが、土曜日にすぐ見てしまうとせっかくの休日がブルーな気分で充満してしまうので、日曜日の夜にするかとか。いやもしも2次を通過できていたら、すぐ3次の準備に着手しないと、間に合わなくなるとか。
傍から見れば理解しがたい小人ぶりでしょうけれど、何度も跳ね返されてきた挫折は精神的に相当堪えていました。
ところが、どうしよう、どうしようと思案しているうちに玄関のチャイムが鳴りました。郵便です。ということは結果の通知でしょう。あれ、手渡しするの?と意外な展開に泡を食った格好になった私はおろおろしてしまいました。今まではたまたま不在時に来ていて手わたせなかっただけのようです。
もう一度チャイムが鳴ります。どうしようか。このまま居留守にすれば、たぶんこれまで同様、ポストに投函していくのでしょう。しかしこうして結果が来たことを知らされた以上、逃げも隠れもできないと思いました。
意を決して応答し、玄関のドアを開けました。配達員の手には2次試験当日に私が提出した封筒があります。
それを見ると膨らんでいます。その瞬間思わず大きく息を吐き出してしまいました。何度も通知を受けている身なのでわかります。これまでは膨らんでいることはなかったです。不合格通知が1枚ぺら入っているだけですので。
封筒を受け取って、部屋に戻りました。そして封を切らず、まじまじと見つめました。ぬか喜びにならないように、しばし思考を整理しました。なぜ膨らんでいるのか。それは3次への案内書が入っているからだ。それはたぶん2枚くらいだろうから、通知書を含めて3枚を3つ折りにしたらこのくらいの厚みになるかどうかとか。
そんなことのすべて整理がついたところで、一呼吸して開封しました。予想通りでした。結果通知書と3次の案内です。何度もわたることに失敗した川を、今渡り切って、対岸にたどり着き、その先へ進むことがようやくできるそんな思いで受け止めました。。
自分でもよくわからないのですが、2次通過の通知書を見た瞬間、手先と足先がビリビリとしびれてきました。血管が収縮したのでしょうか?普通は興奮して拡張しそうなものですが。あるいはしびれる場面というようなことを聞きますが、それがこういうことなのでしょうか。いずれにしても予想外の感覚でした。
ちなみに喜びは湧きませんでした。ホッとした安堵感が強かったです。私の場合は3次がありますので、これで合格したわけではないということを無意識に思っていたのかもしれません。
3次は東京学芸大学附属大泉小学校。試験日に行うことの概要もありました。それによると1日目は、講話、授業観察、レポート。2日目は講話、指導案作成、討論、レポートとありました。
あれ?と思いました。ネットの情報では、学習指導案は再生指導案ということでしたが、この文面を見る限り、最初から指導案を作成しなくてはならないようです。
私は学生時代も含めて、学習指導案を作ったことはありません。
試験日は、1週間ちょっと後に迫っていました。
これまでずっと土曜日に届いていたのですが、土曜日にすぐ見てしまうとせっかくの休日がブルーな気分で充満してしまうので、日曜日の夜にするかとか。いやもしも2次を通過できていたら、すぐ3次の準備に着手しないと、間に合わなくなるとか。
傍から見れば理解しがたい小人ぶりでしょうけれど、何度も跳ね返されてきた挫折は精神的に相当堪えていました。
ところが、どうしよう、どうしようと思案しているうちに玄関のチャイムが鳴りました。郵便です。ということは結果の通知でしょう。あれ、手渡しするの?と意外な展開に泡を食った格好になった私はおろおろしてしまいました。今まではたまたま不在時に来ていて手わたせなかっただけのようです。
もう一度チャイムが鳴ります。どうしようか。このまま居留守にすれば、たぶんこれまで同様、ポストに投函していくのでしょう。しかしこうして結果が来たことを知らされた以上、逃げも隠れもできないと思いました。
意を決して応答し、玄関のドアを開けました。配達員の手には2次試験当日に私が提出した封筒があります。
それを見ると膨らんでいます。その瞬間思わず大きく息を吐き出してしまいました。何度も通知を受けている身なのでわかります。これまでは膨らんでいることはなかったです。不合格通知が1枚ぺら入っているだけですので。
封筒を受け取って、部屋に戻りました。そして封を切らず、まじまじと見つめました。ぬか喜びにならないように、しばし思考を整理しました。なぜ膨らんでいるのか。それは3次への案内書が入っているからだ。それはたぶん2枚くらいだろうから、通知書を含めて3枚を3つ折りにしたらこのくらいの厚みになるかどうかとか。
そんなことのすべて整理がついたところで、一呼吸して開封しました。予想通りでした。結果通知書と3次の案内です。何度もわたることに失敗した川を、今渡り切って、対岸にたどり着き、その先へ進むことがようやくできるそんな思いで受け止めました。。
自分でもよくわからないのですが、2次通過の通知書を見た瞬間、手先と足先がビリビリとしびれてきました。血管が収縮したのでしょうか?普通は興奮して拡張しそうなものですが。あるいはしびれる場面というようなことを聞きますが、それがこういうことなのでしょうか。いずれにしても予想外の感覚でした。
ちなみに喜びは湧きませんでした。ホッとした安堵感が強かったです。私の場合は3次がありますので、これで合格したわけではないということを無意識に思っていたのかもしれません。
3次は東京学芸大学附属大泉小学校。試験日に行うことの概要もありました。それによると1日目は、講話、授業観察、レポート。2日目は講話、指導案作成、討論、レポートとありました。
あれ?と思いました。ネットの情報では、学習指導案は再生指導案ということでしたが、この文面を見る限り、最初から指導案を作成しなくてはならないようです。
私は学生時代も含めて、学習指導案を作ったことはありません。
試験日は、1週間ちょっと後に迫っていました。
しかしやり切った感があったのは当日だけで、翌日になると反動的に不安が襲ってきました。
弾き歌いは、やはりテンポが崩れてたのではないかという気がします。音程を外せずに歌えること、一定のテンポを保てること、この辺は厳しくチェックされそうな気がしてなりません。
それよりも国語論述です。結局「教材」って図鑑とかビデオとかでよかったのだろうか?的外れで大幅減点を食らったりしたら……と思うと居ても立っても居られない状況です。
特にこの「教材」は「指導にかかわる事項」(俗に言う3次試験。免除者がいるので正式には3次試験という扱いではないらしい)の試験の準備に悪影響をきたしました。
というのも、3次試験では、学習指導案の作成があるのですが、案には教材を書くところがあります。国語だと授業で取り扱う、文学的文章や説明的文章のタイトルが書かれるわけで、私が2次で『古事記』を教材として書くべきなのかと迷って、最終的には捨てたことが、学習指導案には教材として載ってくるわけです。
そういうわけで、3次の準備をしたくても教材という用語を見ると拒絶反応を起こして、手がつかなくなってしまうのです。
「教材」などという基本的な用語。教育関係に携わっている方であれば何のこともない用語ですが、教育界とまるで接点のない自分には、こんな迷いが起きてしまうのです。
正直今回2次を通過しなかったら、合格からどんどん遠ざかっていくという不安がありました。2次の論述で感じた学習指導要領からの出題のネタ枯れによる内容変更があるかもしれないです。
しかしそれよりも1次の方が難関になるという気がしていました。私は学習指導要領の方で得点を稼ぐタイプ。こちらも設問が枯渇気味です。すでに指導要領本文からでなく、解説の方から出題している科目もあります。教職教養で解説の方から出されては、社会人で学習時間の確保が厳しい身としてはますます苦しい立場に追い込まれます。
今回で休止の答申にあった「3~5年後」の5年後に当たります。休止のリスクもあります(ただ後日知ったところでは、すでに休止はいったん白紙に戻すという決定が文科省内でされていたそうです)。
3次の準備はしたいが、2次の結果が恐い。結局ネットの掲示板を見て3次の情報収集をするばかりで結果通知の日を迎えてしまいました。
弾き歌いは、やはりテンポが崩れてたのではないかという気がします。音程を外せずに歌えること、一定のテンポを保てること、この辺は厳しくチェックされそうな気がしてなりません。
それよりも国語論述です。結局「教材」って図鑑とかビデオとかでよかったのだろうか?的外れで大幅減点を食らったりしたら……と思うと居ても立っても居られない状況です。
特にこの「教材」は「指導にかかわる事項」(俗に言う3次試験。免除者がいるので正式には3次試験という扱いではないらしい)の試験の準備に悪影響をきたしました。
というのも、3次試験では、学習指導案の作成があるのですが、案には教材を書くところがあります。国語だと授業で取り扱う、文学的文章や説明的文章のタイトルが書かれるわけで、私が2次で『古事記』を教材として書くべきなのかと迷って、最終的には捨てたことが、学習指導案には教材として載ってくるわけです。
そういうわけで、3次の準備をしたくても教材という用語を見ると拒絶反応を起こして、手がつかなくなってしまうのです。
「教材」などという基本的な用語。教育関係に携わっている方であれば何のこともない用語ですが、教育界とまるで接点のない自分には、こんな迷いが起きてしまうのです。
正直今回2次を通過しなかったら、合格からどんどん遠ざかっていくという不安がありました。2次の論述で感じた学習指導要領からの出題のネタ枯れによる内容変更があるかもしれないです。
しかしそれよりも1次の方が難関になるという気がしていました。私は学習指導要領の方で得点を稼ぐタイプ。こちらも設問が枯渇気味です。すでに指導要領本文からでなく、解説の方から出題している科目もあります。教職教養で解説の方から出されては、社会人で学習時間の確保が厳しい身としてはますます苦しい立場に追い込まれます。
今回で休止の答申にあった「3~5年後」の5年後に当たります。休止のリスクもあります(ただ後日知ったところでは、すでに休止はいったん白紙に戻すという決定が文科省内でされていたそうです)。
3次の準備はしたいが、2次の結果が恐い。結局ネットの掲示板を見て3次の情報収集をするばかりで結果通知の日を迎えてしまいました。