長男が気分転換したいというので
少し遠くにドライブした。
長男はこのところ不安感が強いらしく
その不安を消そうと躍起になっていた。
私は、
息子が不安であることを
理解することに徹した。
今ある不安を、ないものとせず
見えないものとせず
意味のないものにせず
悪いものにせず、
今の息子にある感情の一部として
理解することを頑張った。
すると、
そうだよね。つらいよね。
という、言葉しか出てこなくて
薄っぺらいなぁ自分、となった。
もっとうまく励ましたいけども。
いいお母さんだったら
ここで何て言うんだろな
と、正解を知りたくなる。
いつまでもこの
得たいの知れないいいお母さん像を
追いかけている。
母親たるもの、こうでないと、
みたいなものは、
もう私にはいらないものだと思う。
それを追いかけると
どんどん自分がわからなくなるから。
ひとまず
理解しようとする時間は
意識して息子の話をよく聞いているから、
その時間ができただけでも
私にとっては前進なんだと思うことにした。
以前は
息子の不安な顔を見たくなくて
不安を消したくて
自分が早く楽になりたくて、
息子の話を最後まで聴かないで
正論をすぐさま提示していた。
正論に勝るものはないけれど、
正論なんていらないのが
コミュニケーションだと知ったし、
親の正論なんて、
思春期には一番ききたくないだろうし、
私がそう思っていたから
つい重ねてしまうけれど
とにかく
息子からする自発的な話を
さえぎらず聴けた。
ダークなバイブスに
引っ張られてしまうけれど、
天気図を自分に持つんだ、
と立て直す。
帰ってきて息子が去ると
どっと疲れが出た。
きっと脳内の何らかが磨耗した。
甘いものが食べたい!
