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【BL小説】おふざけの代償(0002)
第一章『 - 森のくまさん - 』
――寝苦しい初夏の晩、俺は悪夢にうなされていた。
「……っ」
聞き取れない、鼓膜に更に木片でも取り付けたかのように
ボワボワと言葉になりきらない複数の声がする。
視界もどこかピンボケしてしまっていて、
誰が誰だかわからない。
『誰!?…なぁ、誰なんだよ!?』
必死に叫ぼうとするけれど、言葉が喉元を通過してくれない。
『うるさい。うるさい、うるさい、うるさいっ!!』
必死に声を張ろうとしても、微かに呻く声しか出なくて…
それでも叫ばずにはいられない様な消失感に襲われる。
――ギギギィィ…
重い鉄の扉が開く音がした――。
「……」
「……?」
「……要ちゃん?」
ハッと我に帰ると、辺りを見回す。
「要ちゃん、いきなり泣いて……どうしたの?
いくらミナミの腕が良くっても、泣いたらメイク失敗しちゃうよ?」
間近にある南の顔が視界に飛び込んできた。
「えっ、あ……、あれ?」
夕日が差し込む教室。
そう……そういえば今日が悪戯の実行日だった。
教室から皆が出て行くのを待って、
南がどこかからか仕入れた、いかにも女の子と言った感じの服に着替える。
そしていつもの俺の席で皆で集まって
南が俺にメイクをし始めた。
これから犯罪めいたことをしでかすプレッシャーからなのか
それともこうしてジッとしているのが退屈だったからか、
昨晩の夢を思い出してしまった。
あの夢は何だったのだろう?
悪夢にはありがちな、何をしようとしても身体が動かない系。
何が起きているのかすら分からないくせに、とにかく怖かったのだけは覚えている。
「はーい、下の方のアイライン引くから、視線だけ上にあげて~」
呑気に間延びした南の声が、ちょこっと憎い。
「えっ、ちょ、怖いって!…うぁ、め、めめめ目に刺さる!!!!」
近付いたペンシルに思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。
「だーかーらー、ミナミの腕を信じなさいって!
ほら、さっさと目ぇ開けるの~」
絶対にいま楽しんでいる。
お前、俺の反応を純粋に楽しんでいるだろぉぉーッッ!!?
そう叫びたいが、
落ち着け俺、相手は女子だ……と、
グッと感情を堪えると、恐る恐ると目を開ける。
「いや、まっ、やっぱり無理だって」
目に近付いて来るペンシルが怖すぎる。
「ぷっ、要…ビビりすぎだっての」
「そうそう、女々しいぞー?」
全力でペンシルを拒否しようとしている俺を面白がり
陸と智弘が両肩をがっしりとつかまえてきた。
「ほらほらー、下手に動くとミナミに目ぇつつかれるぞ?」
「そーそー、ここまでメイクしたんだから、頑張れってー。
俺、ゆる~く応援してるから」
南だけじゃなく、ヤジを飛ばして来る2人も憎いかも。
「んな事言うくらいだったら、てめぇらがやれっての……っ」
大声でぎゃーぎゃーと叫びたいものの、
目元をなぞって来るペンシルが怖くてボソボソっと言い返す。
そこから騒ぎつつも30分後……
ウィッグまで着けられた俺は、着替えだけで既に燃え尽きていた。
「なぁ、本気で俺がやるの…?」
机に突っ伏しながら、脱力しきった声音で訊ねる。
「なーに言ってんだよ?ここまで準備したってのに、やらないわけないだろ?」
「そうだって、陸と南の幸せの為にってなぁ?」
「ね~?」
準備しかしていない3人が勝手な感想を口々に述べる。
――ピリン♪
メールの着信音が短く鳴った。
「んー?」
どうせ宣伝メールか何かだろうとスマホの画面を見やると
先日登録した出会い系サイトからのメールだった。
『森のくまさん様からのメッセージが一軒あります』
「あ……」
今日、これから会う人物からのメッセージだった。
何だろう?と思ってサイトにアクセスして、メッセージの内容を確認する。
『こんにちは、森のくまさんです。
今日お会いできるのかと思うとドキドキして落ち着きません。
待ち合わせは19時に渋谷のハチ公の前で大丈夫でしたよね?
それでは、楽しみにしています。また後で…!』
内容を確認していると、隣から陸が画面を覗き込んで来た。
「それにしてもさ、森のくまさんなんてハンドル、ダサいよな。
どんな奴が来るんだろ?
全身もっしゃもしゃのクマ男だったりして」
陸はぎゃははと笑いながら、自分の予想を口にする。
俺には、その想像がどこまで行ってしまったのかは分からないけれど
陸はそのあと5分ほど笑い転げていた。
「でもさぁ、要……ミスってハンドルは本名登録しちまったんだろ?
まぁ、女でもいけそうな名前で良かったな?」
陸の様子を呆れた様に眺めながら、
少しだけ心配してくれているらしい智弘が俺の方にコソリと話しかけて来た。
「ああ、でも……名前だけだから…、そこからバレたりなんかしないよな?」
俺もそこがかなり心配だったため、
どうなんだろう?と智弘の顔を見上げる。
「まぁ、手がかりにすらならないし、そもそも要……」
そこまで言うと、
智弘は俺の事をジロジロと頭から足先まで無遠慮に眺めた。
「今は、どっからどう見ても女だし?
ま、何かあったとしてもさ、見つかんない様に
ちょっと離れたところから見張っててやるから安心しろって」
「……、もしもね、カナメが危なくなったら、トモヒロくん…助けにきてくれる?」
南の声真似をしてみたが、
途中から自分でも堪えられなくなって、ぶはっと吹き出してしまう。
4人で大ウケして隣の机に撃沈したり、
笑いすぎて酸欠状態になりかけたりながら、いつもの楽しい一時を過ごした。
「あ、もうそろそろ行かなくちゃ、時間に遅れちゃわない?」
ふと教室の壁にかかっている時計を見上げた南が、小首を傾げながら訊ねる。
「やっば、マジで笑ってる場合じゃねぇじゃん!
じゃ、打ち合わせ通り……もらうもん貰ったら、
即ダッシュで逃げて来いよ?」
勇気付けるかの様に陸が俺の肩をポンポンと軽く叩くと、
南が笑い過ぎた俺が化粧崩れしちゃっていないかどうかをチェックしてくれた。
「おーっし、じゃあ適当に気合い入れて行こー!」
陸が右手を出しながら、言葉通りに物凄くいい加減な号令をかけると
他の皆もその手に自分の右手を重ね、テンションだけは少しぬるめ程度に
運動部の様な歓声を上げてそれぞれの手を勢い良く高々と掲げた。
【 -つづく- 】