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学校 -その摩訶不思議な場所-

小学校教員が学校の様子を綴っていきます。

仕事がハードだったため、更新できずに少しご無沙汰してしまいました。


臨時保護者会から2週間。結論から言うと、状況は少し改善しました。


保護者会から2日後の月曜日。PTA本部役員さんが2人、午前中から様子を見に来てくださいました。そして、私にではなく、その方の担任に語った言葉「先生の話を聞いたときには、まさかそんなに……と思ったけど、見てみたらその通りだった。あまり話題に出ていなかった女子の雰囲気も悪い。先生の対応に多くの注文をつけていたお母さんの子供が、女子のボス的存在であることも一目で分かった。これからも度々顔を出そうと思う。」分かってくれる人がやっと出てきたという思いになりました。


この日、保護者は1人も来校せず、少しがっかりしたのですが、翌日、まず保護者会で「私達が出来ることで学校を助けていきましょう」と訴えてくださったお母さんが、廊下からそっと様子を見ていました。その次の日からは、1~2時間位毎日来て下さり、意を決したかのように教室の中に入り、時には子供達への注意もし始めました。それをきっかけにしたかのように、毎日2、3人多いときには合計7,8人の保護者が来校するようになりました。ちょっとの時間でも、「いつ、誰が見に来るか分からない」という状態は、子供達によい緊張感を与えたようです。少しずつではありますが、行動が変わってきたのです。


目立つ子の一人、修学旅行でサングラスを掛けて班別行動から戻ってきたBさんが、特に変化が目立ちました。実はよく顔を出すようになったPTA本部役員の1人が、Bさんと同じ地区(子ども会などが一緒)なので、その目をとても気にしているのです。Bさんは、授業妨害が激しく、学習は何もやらずに、勝手気ままな言動と、特定の児童への攻撃が目立つ子です。(私としてはLDの可能性が高いと見ています。それと姉との比較などの療育上の問題、お母さんの精神的な不安定さ等が複雑に絡み合って、現状があると思います)このお母さんには真っ先に連絡し、5月には学校で面談もして、その後数回授業の様子を見に来て頂いたのですが、その時だけで、あまり変化がなかったのです。ところが、学習に取り組むようになったのです。我々でなく、同じ地区の方から家庭に事実を伝えられたら、大変だと考えたのかもしれません。



実は、保護者会の前日に、給食時にサポートに来ていた女の先生に、食器を投げつけて怪我をさせるという事件も起こっていました。

この当事者のCさんは、人懐っこく明るい子なのですが、非常に切れ易くすぐに大きな声を出します。また、勉強は出来るようになりたいのですが、間違いや失敗を恐れて、自信のないことはすぐに投げ出し、弱いところやや苦手意識を周囲に悟られまいと虚勢を張るタイプです。さらに、お父さんが強面でかなり恐い方です。(4月に、私のクラスで一緒に指導している若い男の先生に殴りかかり、それを止めるために腕を摑んだり体を倒したりしたら、「怪我でもしていたらどうしてくれんだ」と凄んだことのある父親です)そのために、家庭で父親に甘えられないため、学校では私にももう一人の先生にもとても甘えるのですが、怒りの感情を怒鳴るとか暴力を振るうとかいった形でしか消化できない子です。


今にして思えば、この時の対応の甘さが、その後の数々の暴力に繫がっていったのだと思います。


給食の暴力事件の時は、既に教育委員会に詳細を連絡していた時で、「暴力・暴言には毅然とした対応をするように」と指導を受けていました。教頭が電話で指示を仰ぎましたところ、「保護者に学校に来てもらい、暴力を振るった子はそれまで別室で待機。怪我をした先生は病院受診。」と言われました。母親だけの時の態度とは一変し、父親が到着したら、すぐに泣き出したCさん。怒鳴る父親を我々がなだめる状態でしたが、この時は父親も子供と一緒に頭を下げてくれました。


その女の先生は、顔面の打撲による内出血と、軽いむちうち症状で、全治10日間。実は、お椀に続いて中身の入ったご飯の箱も投げつけようとしたのです。それは前述の男の先生が止めたので10日間の怪我で済みましたが、止めるのが間に合わなかったら、あるいは目に当たっていたらと考えるとぞっとします。



それでも、翌週にはAさんの私に対する暴言(「てめぇ、うるせえんだよ。死ね。キモイ」等です)、暴力(蹴って来ましたが避けたので当たってはいませんが)事件も起こりました。それに対しても、すぐに別室で説諭、母親に連絡という対処をしました。(この母親は仕事が終わってからというので、子供は一旦下校させ一緒に学校に来てもらいましたが)

「ぶっ殺す」という言葉まで出た子供同士の喧嘩も、2時間以上別室で、先生方がかわるがわる指導し、非を認めない子の母親を呼び出し、もう一方の子の家庭(母親が軽い精神症状を訴えたことがあるということも考慮しました)には電話連絡ということになりました。



こういった学校の対応に、子供たちも、ようやく事の重大さに気づいたという感じがあります。臨時保護者会での話には、「小学生のことだし」とか「先生の指導が甘いんじゃない」と考えていた保護者も本気で考え始めたのかもしれません。また、保護者会では黙っていたけれど、「しっかりやりなさい」「先生のことを困らせないのように」等の働きかけがあった家庭も少なくなかったと信じたいと思います。


また、隣の小学校(中学校では一緒になりますから、心配は当然だと思います)のPTA役員まで登場し、私のクラスの知り合いのお父さんへ連絡して、重い腰を上げさせ参観に引っ張り出してくれました。そこで我が子の様子を初めて知って(とは言っても大分以前よりは改善されている状態ではあったのですが)驚いたAさんのお父さんが、翌日にはお母さんの仕事を休ませ、午前中いっぱい参観するようにさせたということもありました。



授業中の落ち着きが出てきて、我々の指示や注意に対しても「うるせえ」とか「うざい」「何だよ」とかいう言葉が少なくなってきています。目立つ7~8人の子の行動が落ち着いたので、問題行動への対応で手が回らなかった、他の子の落ち着きのなさや気ままなおしゃべり、話を聞かずに常に何かをいじっているという状態、時間を守らないこと等への指導も出来るようになってきているということが大きいように思います。学習指導でも、今まで時間を生み出せなかった(また、やっていたらその間に何が起こるか分からず出来なかった)、過去の学習内容の躓きへの個別指導も出来つつあります。



勿論、私や他の先生方の対応の変化もあります。とにかくみんなで声を掛け合おうとしています。そのために、私は毎日放課後、その日の学級の様子と参観者の記録をまとめて、パソコン上で、教職員が共有できるようにしています。先生の放課後は、それだけに関わってはいられませんから、いつも1~2時間くらい掛かってしまいますが、やるだけの価値はあります。良いことも書いてありますから、他の先生からそれについて子供たちが褒められることもあります。さらに、他の先生から、そこに私の知らない子供の姿が書き込まれることもあり、それも指導に活かせます。


また、私自身が教室での笑顔を多くしようと意識していることも、良い方向に繫がっているかもしれません。本当は「うつ」直前ですが、臨時保護者会まで開き、たくさんの方々の力をお借りしているのですから、教室では役者になろうと考えるようにしています。



とは言っても、まだまだな部分はたくさんあります。見ていないところでは相変わらず悪さもします。参観者がいない授業、参観者が続いてあった後での授業等では、Aさん、Bさん、Cさん始め、目立つ子は、はじけてしまうこともあります。

また、昨日の学級懇談会では、信じられないような保護者の発言もありました。さらに、とんでもない言いがかりのようなことを言ってきた父親もいました。(いつかモンスターペアレンツシリーズででも紹介しようかと思っています)

でも、少し前向きになれている自分を感じています。