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貴和尚のブログ

皆様、おはこんばんちわ。
管理人の貴和尚です。50を超えたおじさんです。
ゲームやアイドル、アニメ、天文、料理、風景写真など趣味や好きなことが多い人間ですが、いろいろと投稿するつもりです。
亀投稿な人間ですが、気長にお付き合いください。

ご無沙汰しています。
久しぶりの投稿になってしまいました。

 

さて、毎年この時期に、お休みをとってどこかへ日帰り旅行を

していますが、今回は、広島に日帰り旅行をしました。

その顛末を何部かに分けて書きたいと思います。

 

内容が拙く、乱文になりがちですが、最後まで読んでいただけ

ると幸いです。

また、旅行の中で撮影してきた写真も所々に入れていきます。

 

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4時前に起床する。
20分ほどで軽く食べ物を摂り、身支度を整えた。
今日はゴミ出しの日なので、ゴミを袋にまとめ、家を出る。
玄関から外に出ると、まだまだ冬の空気だ。
冷たい空気を両手に感じながら鍵をかけて、ゴミ捨て場にゴミ

を出して、それから東へと向けて歩き始める。
最寄りの駅の始発は5時過ぎなので、5時前の始発に乗るため以

前に住んでいた家から近い駅に歩くことにしていた。
 

やはり2月の夜明け前の朝は寒く、まだまだ、身が縮こまる気持

ちで歩くも、内心は楽しみな気持ちが勝って、会社に行くときよ

りも早足なことに気づいて笑ってしまう。
 

20数分ほど歩いて、いつもの駅から東に一つ隣の駅へ到着した。
到着したのが4時40分頃なのでひともほとんどいない。
普段も朝早くに会社に行っているので、そこまで変わった雰囲気

とは思わなかった。
 

始発の列車に乗り込み、静かに発車の時を待つ。
出発時間になると、乗り込んだ始発列車が動き出して、新宿へ

と向かう。
少し仮眠をしようかと考えるも、楽しみな気持ちと今日の動き

の確認がしたくて、結局スマホをいじっていた。
40分ほどすると、終点の新宿駅に到着する。
会社が移転してから、都内に来るようなったが、会社に行くに

は手前の代々木上原で乗り換えているので新宿に来たのは、

2025年に熱海に行った時、たまには新宿から特急に乗って小田

原まで行ってみようと思って旅をした以来なので、ほとんど1年

ぶりになる。
 

季節休を毎年2月にまとめて取得することにしてから、この時期

に日帰り旅行をしようとすることが増えた。
とはいっても、日帰り旅行をするようになったのは2023年にか

つて住んでいた京都へ行こうと思ったのがきっかけだった。

2024年の旅行では京都の宇治から京都市内を回った。
かつて住んでいた場所へも赴き、幼い日の記憶の答え合わせを

するように歩いた。

それから移動した京都市内では祖母に連れて行ってもらった

清水寺と、まだ行ったことのなかった金閣寺(鹿苑寺)にも訪れ

た。

亡き祖母がいうには、金閣寺は一度焼失して再建されたという

ことで、少し見劣りしていたと語っていたが、無論、当時を知

らない上に、子どものころに聞いた話だった自分からすれば、

眼前で雪の舞う金閣寺にしばし見とれて、素晴らしいと思って

いたのは言うまでもなかったのだけど。
 

2025年では、熱海の河津桜を観るために熱海市内を観光したく

て旅行をした。
熱海は倒産した以前会社での社員旅行で熱川へ行ったとき以来

となるのでかれこれ20年ぶりくらいになっていた。
しかし、行ったのは熱海梅園と熱海市街、河津だったけど…。
熱海の梅、河津桜など春の訪れを感じる旅になった。
梅は少し時期が遅くなったので、若干元気のないものもあったけ

れど、河津桜はちょうどの見頃だったので、その美しさと可憐さ

にしばし見入っていたのは言うまでもない。

そして、今年。
東海道・山陽新幹線に乗って、広島への旅行にした。
しかも今回は、2023年に訪れた京都よりもさらに西へ向かう旅

になった。
中学生の時に、亡き祖母が住んでいた山陰地方に行ったことはあ

るけれど、山陽方面に向かうのはこれが初めてだった。


少し話は外れるが、この3年、こういったことで出かける日は、

決まって曇っていた。

今回の旅行で広島に向かう新幹線では下り方向に見て右側の窓側

席を予約していたが、富士山を見ることは難しそうだなと感じて

いた。

さて、話を戻して向かうのは広島である。
小学生のとき、何かの偶然で土門拳氏の写真集を見る機会があり、

その中にあった原爆投下後の広島市街の写真を見た。
それから、一ページ、一ページと写真を見て、衝撃を受けたこと

を覚えている。

そのときから、一度は訪れてみたいと思っていた。
その念願を果たすため、今回の季節休で日帰りの広島旅行を実行

したというところである。
日程の都合で、原爆資料館は臨時休館だが、平和記念公園には訪

れることにしている(こうなった理由は後述する)。

ふと、昔読んだ本の冒頭の一文を思い出す。
「戦争ほど悲惨なものない。戦争ほど残酷なものはない」と。

その悲惨で残酷の極みこそ、まさに広島と長崎に投下された原子

爆弾によってもたらされた破壊と殺戮の光景ではないだろうか。

いかなる民族、いかなる国がどのような理由があっても、いわゆ

る核兵器を使ったのであれば、それはすなわち魔物であり、とり

わけ魔王そのものであると何かで聞いたことがあった。
 

広島や長崎で原子爆弾が投下されたあの日の光景を思えば、阿鼻

叫喚が行き交う地獄の光景が広がっていたのだと想像し、それこ

そ無数の命が即座に失われ、刹那のうちに、恐ろしい熱線と夥し

い光に焼かれて、その苦しみの瞬間で命が終わったのかと思うと

恐れ慄いた。
 

私は、その地へ訪れ、貧窮下賤の卑しき者だが、平和記念公園で

黙祷し、今一度、平和とは何だろうと考えてみたいと思っていた。
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(②へ続く)