今日の写真

農業の季節
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春の到来
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実はつい最近まで、写真を専門の学校で学んでいた。

勤めていた会社でSEをしていたが、SEを一生続けることは無理だと思い、会社を辞めて写真家になろうと決意した。

だが、今考えると色々と葛藤があったのだと思う。「もし」が人生にあるならば、いくつか「もし」を考えてしまう。「もし、常駐先の会社を異動していなかったら会社を辞めていただろうか」。「もし、仕事に不満がなかったら写真家を目指していただろうか」。

人生とは、単純にいかないものだ。思い通りにいかないものだ。写真の学校に通って予想外だったのは、自分よりも歳上の人が半分くらいいたことだ。
30歳を過ぎたら挑戦するのが難しくなると思い、たくさんのリスクを背負って会社を辞め、写真の学校に通った。しかし、半分以上の生徒は歳上で前向きに取り組んでいた姿を見ると、自分の考えは思い込みに過ぎなかったことが分かった。

新しいことに挑戦することはいつだってできる。そういう意味で、会社を辞めて学校に通ったことは意義がある体験だった。また、SEを辞めたが、自分はやはりコンピュータテクノロジーが好きだということを再認識できた。

どのような写真家になりたいのか、決めることはできなかった。「人を幸せを増やすには、写真が一番自分に向いているツールだ。だから自分は写真を通じて人を幸せにしたい」と思って写真を学んだ。

その気持ちに偽りはなく、現在もそのように考えているが、初対面の人に対して緊張し、人付き合いが苦手な自分がブレーキをかけることがある。人の写真を撮る日はいつも緊張して、本当に写真を通じて人を幸せにしたいのか疑問に思ったこともある。

しかし、恐れているからこそ、興味がある分野なのではないかとも考えられる。嫌いだったり苦手だったりしたことが、実は本当はやりたかったことだという経験はないだろうか。

例えばカラオケなぞ。僕は子供の頃は非常に内気で、目立つことは罪であるかのように感じていたことがある。自分の意見を主張することもおこがましく感じていた頃もある。でも、自分の意見を持ちながら、相手に伝えないのは誰のためにもならないと考えるようになった。そのためにはまず、自分自身を肯定する必要もあるが。現在は、相手がどんな地位についていようとも、意見があれば言わなければいけないと考えるようになった。

いろんな意味で、会社を辞めて写真家を目指したことはたくさん学ぶことがあった。自分のズルさや弱さも。

これからの時代は写真家として生きるのはますます難しくなった。でも僕は挑戦してみようと思う。自分を信頼し、やることに集中できれば決して不可能なことではないと思っている。





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