突然ですが、私、SEを辞めて写真家に転職することになりました。プロカメラマン、現代ではフォトグラファーとも呼びますが、私は写真家という言葉が好きなので写真家で通させていただきます。

タイトルの「写真家0年生」の意味は、まだ写真を勉強を始めたばかりで生業としていないので、0(ゼロ)年生としました。なぜ写真家になると決心するに至ったのか、写真家としてスタートする前にを記録するのも無駄ではないだろうと思います。写真は子供の頃から好きであり、まとまりのある文章にするのは簡単ではありませんが、頑張って文章を構築したいと思います。


私は就職する前から、就職して3、4年経ったら進路を考えようと決めていました。何をしたいのか分かりませんでしたが、就職する前から自分が主体となって人助けができる組織やグループを作りたいと漠然と考えていました。たぶん、スペインに留学して多くの人にお世話になり、自分の力で恩返しがしたいと考えていたのでしょう。就職の対象は、NPOも視野に入れており、NPOの説明会に参加してみたりしましたが、スタッフの求人が少ない上に社会人としての経験もほとんどなかったので、現実的に考えて会社員となり、システムエンジニアとして働くことにしました。

就職して3年目の一昨年から、何を一生の仕事にすれば良いのか考えて悩みました。私は作家の本田健さんの著書を読んだり講演会に出席したりし、本田健さんの提唱する「好きなことを仕事にする」を実践したいと考えておりました。システムエンジニアとして残りの仕事人生を過ごすことには、ある限界を感じておりました。しかし、自分が本当に好きなこと、やりたいことが分かりませんでした。

長い時間考え抜いた末、写真家になると決めたのは昨年の4月です。友人の誕生パーティーで知り合った人が某写真の専門学校を卒業しており、やりたい事にチャレンジしたその人を羨ましく思い、写真をやりたいと憧れながら好きになれない仕事をしている自分の現状に苛立ちました。家に帰ってから初めて写真家の仕事や写真の学校をネットで調べて、自分にもできるかもしれないと思いました。きっかけと言えば、これがきっかけかもしれません。実は、大学4年の頃に就職活動で疲弊していたときに、写真家になりたいと思ったことがあるのですが、両親に言える勇気もなかったし、何より自分に一人の人間として自信が全くなかったので、真剣に写真家になる道を考えることはありませんでした。

本田健さんの著書を参考にして、自分が好きで得意なことは何だろうかと考えました。得意なことは、一応仕事なのでコンピュータ、そしてスペイン語があります。でも好きかといえば、そうではありませんでした。スペイン語は好きですが、翻訳家や通訳として働くほど言語が好きではありません。写真だ!写真は撮るのも見るのも好き。しかも他人からも上手いと褒められる(親族にですが)。さらに、自分が興味あるもの、惹かれるものを記録したいという志というか欲望があります。そう、「志」も重要な要素なのです。残念ながら、(真剣に考えましたが)SEとしての志を見つけることができませんでした。


子供の頃から、なぜか絵画よりも写真に興味がありました。写真の何が好きなのか言葉にするのは簡単ではありませんが、必ずその問いに答える必要な時が来るので考えました。写真を撮るときと観るときに、大げさにいえば、デスクワークで眠っている本能がむくむくと呼び起されるようにして、ワクワクするのです。写真を撮る時には、どうすればかっこいい写真に仕上がるだろうかと考えて頭がいつもの何倍も冴えわたります。写真を観るときには、美しい風景であれ、リアルなドキュメンタリー風の写真であれ、アーティスティックな写真であれ、興味のある写真を観るとゾクゾクします。絵画を観賞するときにはそれほど感じない感覚なので、写真人間なのでしょう。


時々思い出すのは、子供の頃に家で見た、スペイン北部の寂れた漁村の写真です。雑誌の中の数ページの写真かもしれません。日本の小さな漁村にも似ているのですが、写真の漁村もそれはそれは疲れ切った、侘びしい風景なのです。大手総合商社に勤める父を持ち、スペインのマドリッドで不自由のない恵まれた生活をしていましたが、なぜか幼少の頃から豪華なものより侘びしいものに惹かれる変な子供でした。そのためなのか、その本はもう既に手元にありませんが、時々脳裏によみがえることがあります。

旅行した際には必ずポストカードを買っています。ポストカードの写真は実にきれいで、その町や都市の魅力を伝えています。訪れた町のポストカードは今でも大切に保管しています。私は写真が下手で、初めての海外一人旅で訪れたスペインのトレドやマドリッドの写真を友人宅に持って行ったとき、下手で何を撮っているのか自分でも分からず、友人も何を言っていいのか戸惑っていたことを思い出します。次に旅行したときには、私は売っているポストカードの構図を真似して写真を撮りました。真似するとそれなりに良い写真が撮れることを学びました。ポストカードの写真は売店で何気なく売っているけど、けっこうクオリティが高いのです。だからこそずっと残っているのでしょう。

祖母の家には、祖母の家族が写っている古い写真がたくさんあります。私が会ったことのない先祖の写真や当時の街並みを観るのが好きです。また、私はクラシックギターを習っているのですが、正確にはレッスンを辞めてからですが、生徒達の発表会ではカメラマンを務めています。発表会開始前の生徒たちの談笑や真剣に練習している姿を撮影したり、本番の写真を撮影したり、発表会が終わった後の集合写真や打ち上げの写真を撮影します。他の生徒たちと馴染みがあるからなのでしょうが、自分が撮影するとみんなが実に良い表情をしてくれます。特に集合写真には自信があります。


写真と私の関係をあげるとすれば、以上のことでしょうか。型にはまった表現ですが、私は写真の力を信じています。写真を通して人の役に立ちたいと考えています。多くの人に自分が撮った写真を見てもらいたいです。そして、自分の名前は残らなくても、自分が撮った写真が残り、後世の人々に何か伝えることができれば幸せだと思います。


私はまだ一眼レフカメラも持っておりませんし、写真の賞に入賞したこともありません。応募したこともありません。コンパクトカメラで撮影した何千枚の写真はありますが、それだけです。
本当にゼロからのスタートです。

脱サラして写真家になるには大変なリスクが伴いますが、リスクを負わなければ成功することはできないと考えております。今年で31歳になり、新しいことにチャレンジできる人生で最後のチャンスなのです。何人かの友人は結婚して家庭を築いている人もいるので、焦りがないかといえば嘘になります。しかし、昨年では早すぎて、来年では遅すぎるので今年始めるしかありませんでした。この先の数十年、仕事を続けると考えれば、今からでも遅くはないと思います。

周囲の反応はどうだったのか。意外にも、親しい間柄の人ほど反対しませんでした。両親、姉、祖母は、自分で決めたことなのだから、しっかりやりなさいと言われました。親友は応援してくれました。逆に、友人の中でもそれほど親しくない人には言いたい放題言われました。無謀すぎる。絶対失敗する。云々。心の奥底では完全に賛成ではない人もいると思うけど、自分を信じて写真を学び、お世話になっている人に恩返しがしたいと考えています。

ブログには、写真を学んでいるときに思ったこと、感じたことも書いていこうと思います。