HONDA XR230 に乗って、横浜の自宅から東北地方を走る旅も、今日が最終日となりました。

昨日、急にやってきた秋田駅前のドーミーイン秋田で目が覚めたとき、時計は9時10分前を指していました。窓を開けると8月の強い日差しが部屋に差し込んできました。

今、秋田にいるんだ、と認識しました。秋田県は東北地方ながら、青森のような厳しい冬といったイメージとは異なり、また岩手県のように、小岩井農場や宮沢賢治といった牧歌的なイメージとも異なり、私にとってはイメージの捉えにくい県でした。

司馬遼太郎の「街道をゆく」の秋田の道をたまたま読んでいた他に事前に知識を取り込んでおらず、せっかく大変な思いをして秋田まで来たのだから(真っ暗な一車線の秋田道のことを振り返りつつ(>_<))、帰郷するのが大変になっても少し秋田の町を歩こうと決めました。

チェックアウトは午前11時なので、1時間半は観光する余裕があります。鍵をフロントに預けて、町の人の様子が見られそうな喫茶店でモーニングセットを食べるために駅に向かいました。

人が歩いているところが見られそうな窓際の席がある店が良かったのですが、どこにでもあるスタバくらいしかなかったので、駅の校舎のローカルな喫茶店に入りました。

構内でもらったガイドマップを見て、赤れんが郷土館と千秋公園を見ることにしました。チェックアウトまでに時間があるのは赤れんが郷土館だけなので、赤れんが郷土館まで歩いて行きました。

地元の横浜には赤レンガ倉庫があり、明治期に建てられた同様の建築物に興味がありました。明治期の建築は、重厚で真面目な中年紳士のようなので、変に安心感があります。

赤れんが郷土館は、旧秋田銀行本店として明治末期に建てられ、後に秋田に寄贈されて国の重要文化財に指定されています。

チェックアウトまでに時間がなかったので、外観の写真を撮るだけになりました。歴史を感じさせる、気品のある建物でした。

急いでホテルに帰ってチェックアウトを済ませ、バイクで千秋公園に行きました。天気は太陽がギラギラと照りつけて、ジャケットが暑かったです。

またライダーの苦労話なのですが、町を少し走るだけならいいのですが、高速に乗る長距離のツーリングになると、肘にプロテクターが付いたジャケットが必須なのです。私のジャケットは、夏用にメッシュ地で風通しが良いのですが、夜や雨が降ると逆にメッシュ地だと寒いという、難しいジャケットなのです。帰りの東北自動車道で体温の調整には苦労しました(>_<)。

千秋公園には、江戸時代いっぱいの旧藩時代に秋田の殿様だった佐竹家の佐竹資料館があり、現在は藩政時代初期から幕末に至るまでの佐竹氏の歴史について展示していました。

偶然、両親の会社に佐竹氏のご子孫が勤務していたという話を聞いていたので、どれどれ、その佐竹という殿様はどんなお方だろうという気持ちで入りました。

佐竹氏は、「清和源氏の流れをくみ、大名として全国で最も古い歴史を持つ」家柄で、家柄の古さからいえば、徳川家や織田家なんかよりもずっと古いみたいです。家ではなく、家柄を守ることは、随分色んな苦労をしてきたのでしょうね。

佐竹資料館を出たら、千秋公園の中にある、久保田城跡を見学し、いい時間になってきたので、秋田駅を離れて日本海側沿いを走ることにしました。今度の旅はバイクの旅なので、観光よりも走ることが目的なのです。

国道七号(酒田街道)を南下し、本州初の桟橋上に出来た道の駅の道の駅岩城でマグロ丼を食べました。後で分かったのですが、秋田の名物のハタハタを食べたら良かった。男鹿半島が見えると思ったのですが、残念ながら角度が悪く、見る事ができませんでした。それにしても、夏の日本海はすごく天気が良いです。

午後2時に道の駅岩城を出発しました。横浜まで、ひたすら高速道路をうんざりするほど走ります。

道の駅岩城から出発して岩城ICに乗り、日本海東北自動車道、秋田自動車道、東北自動車道、首都高湾岸線、横羽線を通って、自宅に着いたときには0:40を回っていました。秋田から699キロもの長距離走行でした。

盛岡まで向かった行きでは、福島、宮城、岩手を通るときに雨が降りましたが、帰りは那須高原から宇都宮周辺まで雨が降りました。山の天気は崩れやすいですね。

旅の日記はこれで終わりです。
長期の旅行らしい旅行をしたのは実に四年振りで、色々思うことがありますが、それはまた別途書くことにします。





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