将来何になりたい?何をやりたい?なんてことを学生の頃に聞かれたことはありますが、
私は残念ながらまともに回答できたことがありません。
とりあえず、何かでお金を稼がないと死んじゃうな、とか思うくらいでした。
お金を稼ぐなら、自分がやっていて面白くできることがいいなとは思いました。
ただ、他の人よりうまくできるとか、自分が持っているスキルが高いとか、
のレベルではなんとなく弱い気がします。
例えばですが、なりたいことが『学校の勉強で高い成績を出すこと』だとします。
勉強自体は基本的に強制的にやらされることなので、そんな感じの
仕事をすることだとイメージしてください!
要領がいい人とか理解が早い人って、学校の授業で宿題が出てもすぐに
提出できてしまいます。
でも、そんな人って意外と成績は高くありません。
もしかしたら、要領がいい(コミュニケーション能力が高い?)ので報連相
という仕事には向いているのかもしれません。
こんなことを書いている私ですが、要領がめちゃくちゃ悪くて、
授業の時間内に提出する課題というのは苦手です。
すぐには理解できないので、学校に居残りすることになります
(そもそも言われたことがわからないまま、鵜呑みにしてやることに抵抗があります)。
ただ、期末のテスト前になると、少しずつ頭が整理されてきて、先生の話していたこと、
ノートの中身などの理解が深まってきます。
そうなると、ある程度授業内容が体系的に理解できてくるので、
テストではそれなりにいい結果が残せるようになります
(せいぜい大学の教養課程のレベルまでですけど。。。)
で、私が一番強い、この人はスゲーなと思う人は。。。
好きというか、思い入れがスゴイというか、ずーっとそればっかり考えられる人です。
私には全然かなわないです。
私が勉強する時は、「要領のいい奴なんてあとで絶対に追い越してやる!」という、
反骨精神がバリバリに出てしまうんですけど、好きでやっている人は、
自然体でやっていて楽しそうなんです。
もちろん、好きでやっている人は一般的な勉強なんかを好きでやっているわけじゃありません。
例えば、将棋、野球、ゲーム、プラモデル作り、唄う、踊る、車のレース、絵を描く、
漫画を描く、衣装のデザインとかって感じかな
(数学オリンピックに出るような人は数学になるかな。。。)
それ自体を楽しんでいる(追究・研究している)。
勉強なんて結局は強制的なことだから、のど元過ぎればやらなくなりますが、
好きなことをやっている人は、ずっとやっているんです(大人になっても
「理科の問題集をいまだに毎日解いてます!」って人はいない)。
強制されて動いていません。またお金が欲しいってことも動く一番の理由にはなりません。
好きなことを突き詰めてやっているだけです(うまくいかないときも多いとは思います)。
ちなみに、そんな人たちは、20世紀では生きにくかったと思います。
理由は、仕事としてお金になることは、要領が良くて早く処理する能力が高い人に
有利なことが多かったから(工業化とか量産化社会)。
昔よく言われた親のセリフで、
「そんな馬鹿なことばっかりやってないで、勉強をしなさい!」
には、それなりに妥当性がありました。
今はもう21世紀に入って、一般的な勉強で優秀なことは有利でなくなってきていると思います。
流行りのAIなんて言わなくても、一般的な企業では、人手の技能・労力に頼らない・
手間がかからない・ミスが発生しないように、カイゼンがバリバリと行われているからです。
例えばですが、飛行機部品の強度解析だって、仮にどういう理論で強度計算が行われているか
わからなくても、解析ソフトの手順通りに実施すれば、結果が出るようになってます。
会社としては、会社に入って学びながら覚えていく人も必要ですが、「新たな考え方をする人」
に入ってきてほしいんじゃないかと思ってます(カッコよく言うとイノベーションとか起こす人かな?)。
従来のことをなんでもこなせることに、あまり価値がなくなってきている気がします。
根拠の薄いテキトーなことばかり書いてごめんなさい。
私も自分が好きで追究できることで突き進んでいきたいな~なんて思いますが、
好きなことを深く追究できる人(時間はどうしてもかかる人)がもっと
活きるようにならないかな~なんて、思っています。
