こんばんは。


只今「坂の上の雲」(司馬遼太郎作)第三巻を読書中です。


今から約100年前の日露戦争を中心としたお話です。



その頃の日本は、世界の流れでいえば、植民地として狙われる地域でした。叫び

(中国や朝鮮半島は、列強(ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ)の餌食に)


列強に対して、日本をバカにされない国にするために、当時の日本人は相当気を配っていました。

(列強のイメージは強盗です。それらに屈しないように)



・人材の登用(身分は低いが優秀な人材)

秋山好古(伊予)→日本にはロバのような馬しかいない時代の陸軍(騎兵)に配属

            →フランスで騎兵の訓練受ける→騎兵の運用法を組み立てる

            →日本で騎兵の教育を行う(30代で)

            →世界最強のコサック騎兵に対抗した


秋山真之(伊予)→海軍の首席→アメリカへ留学

            →独学(読書)で対ロシアを想定した戦略を構想し始める。

            →本をひたすら読む。英語の論文、数百年前の水軍や武田信玄の戦略までも。

            →要点のみを理解し、戦略に生かす。

            →海軍の戦略についての日本で始めの講師となり、後輩を指導。先輩をも指導。

            →バルチック艦隊に快勝


・海軍において

山本権兵衛(ごんのひょうえ)が、明治維新以来、海軍ででかい顔をしている藩閥メンバー

(薩摩、長州の無能な連中)を日露戦争前に整理。グッド!

ただし、東郷平八郎(薩摩)のように維新以来のメンバーでも、学んで成長する人間は残す。



・国の予算について


ロシアに対抗するための年間総歳出(軍事費)の増加は以下の流れ。


1895年:約1億円(軍事費:32%) 日清戦争の戦時下中

1896年:約2億円(軍事費:48%)

1897年:2億数千万円(軍事費:55%)

1899年:約3億円(軍事費:多分上記と同じくらい)


海軍の場合、この予算でも軍艦三笠(日露戦争の主力艦)を買うお金が足りませんでした。

山本権兵衛が、海軍大臣の西郷従道(隆盛の弟)に相談すると

違憲である予算の流用を思いつき、


「三笠は買わねばなりません。議会に追及されて許されなかったら、一緒に腹を切ろう」


と決断しました。


男気あふれると言うか、日本を守る使命感というか、なんか涙が出る思いです。(TωT)



おしまい。おやすみなさい。

(なんとなく書きたくて書いてしまいました)



P.S.

その当時の一般的な国民の生活水準

靴を履く習慣はなく、手製のわら草履かはだし。目

食物は、米と麦とあわとひえ。

ちなみに、正岡子規の勤めていた新聞社「日本」の月給は30円。